2017/01/02

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 郵便受けを見に行かなければならぬ。今時、広告だろうが手紙だろうが、メールでも事足りる時代なのにもかかわらず、である。男の住んでいるアパートメントの集合の郵便受けにも、雑然と広告は突っ込まれている。毎週違った色の紙で、土地を売れ、不動産を買えといっている。誰が読むのかと思うような、市の広報紙なんかも月に一遍くらい突っ込まれている。最近この方、郵便受けを楽しみに開けた試しなどあっただろうか? 子どもの時分にはあったかもしれぬ。なのにもかかわらず、何日かに一遍は開けて中身を塵箱ごみばこ行きにしなければすぐに郵便受けを溢れてさせてしまう輩どものせいで、そんな楽しみはもはや過去のものになった。何週間も溜めて仕方なく開けた時は、チラシが地面に溢れた。腹が立った。それに比べれば、こまめに郵便受けを開けるほうが、まだましというものだ。
 殆どは塵箱行きなのだが、それでいて、全部が全部そうであるかというと、そういうわけではない。結婚式の招待状だとか、はたまた喪中の知らせだとか、アパートメントの更新の書類であるとか、見逃してはならぬ郵便があるのだ。男は、立派でも大きくも無いが、悪くない人間の揃っている会社で、そつのない仕事をしている。暮らしに不自由など感じないし、友人も人並みにいる。であるから、人の幸不幸であるとか事務方の諸々には、抜かり無くとまでは言わないまでも相応の対応をしておくことは、定めであると思われるのだ。やはり郵便受けを見に行かなければならぬ。
 だが、どうしても正月のこの作業は好きにはなれぬ。正月の朝は流石に冷える。アパートメントの外に晒された階段を下って、道路沿いの入り口脇にある郵便受けを開く。数通の年賀状が入っている。年賀状というものは所詮、社交上のものだ。今はもうほとんど会わぬ旧友から便りがくれば、それはそれで嬉しいものであった。だが、歳を重ねるたびに年々と届く年賀状は減っていく。考えてもみれば、このご時世はメールだとかスマートフォンのアプリの時代なのだから、年賀状が減るのは当たり前なのだ。だがそれでもなお、郵便受けを開けて中にあったのが、大家からの儀礼的な年賀状と、あとは年賀状という体をとった初売りの広告だけだったときの気持ちは、どうにも好きになれぬ。
 だが、その年は毎年と違った。男が郵便受けを開けて、そうした年賀状を中から取り出すと、その奥にもう一つ、白い封筒があるのが見えた。封筒には、丁寧な文字で男の名が書かれていた。男は、これは塵箱行きではないものだろうと判断して、部屋に持ち帰った。
 男が部屋で封筒を開くと、中には一枚の便箋と鍵が入っていた。便箋には、最初から数行開けたところに小綺麗な文字で一行、こうとだけ書かれていた。


この鍵がお前にとって必要なときがやがて来る。

 あとはずっと余白だった。鍵は金属製で、よくある住宅用の鍵のようにも思えたし、少しそれよりも小さめにも見えた。
 男は、封筒の裏面を確認した。あるいはどこかに書かれているのではないかと思って探してみたが、差出人はどこにも書かれていなかった。
 男は、しばらくこの手紙と鍵の意味を勘ぐっていたが、その後は無性に腹が立ってきた。これは誰かの悪戯いたずらなのだろう。気味が悪いし、こんな悪戯にかかずらっている暇はない。部屋にいるのも厭になるので、男は便箋と鍵をベッドの上にっちゃって外に出た。
 しばらくの間、暇を潰した。男は昔から人混みが得意ではない。だから、正月の初売りなどは取り立てて行きたいとは思わないし、元来合理的に考える性分だから「初売り」などという謳い文句に踊らされて買いたくはないと思ってしまう。だけれども、その日はなぜだか足が繁華街の方に向かった。そもそも目的地なんてものはない。だが、電車がその駅についたとき、そこで男は降りていた。案の定、街は人で溢れかえっていた。最近は外国人の客も多い。大荷物を抱えた家族連れが、日本人に混じって道端で荷物を整理している。寒空の下で、店員が大声で客寄せをしている。遠くで警察が交通整理をしているホイッスルの音が聞こえる。男は、雑踏に紛れていた。雑踏の中に紛れていれば、それで良いような気がした。雑踏の中にいれば、何も考えなくて済む。雑踏の人びとは、自分のことを何も考えない。そこには責任というものがない。互いに対する関心というものもない。それでよい。それがよい、と男は感じた。
 アパートメントに戻ったのは夕方だった。うがいと手洗いをして、努めて日常の通りにした。ベッドの上には、先ほど打っちゃったそのままの状態で、便箋と鍵が放り投げてあった。男は考えた。
 鍵だけがあったところで、どの鍵穴に合う鍵なのかが分からなかったなら、何の意味があるだろうか?
 男は便箋の一行を再び見返した。

この鍵がお前にとって必要なときがやがて来る。

 ということは、この鍵で開けるべき錠前は、やがて私の目の前に現れるということなのだろうか?
 男は戯れに、玄関の鍵穴にこの鍵を添えてみた。やはり、鍵のほうが少し小さかった。あとは、身の回りに鍵穴らしきものはあっただろうか、と考えた。隣の住人が郵便受けにつけている南京錠、会社のロッカー、キャビネット、隣の住人の部屋の鍵、……そういうものが男には浮かんだ。
 それから、男は鍵を持ち歩くようになった。そして、人に怪しまれぬ限りで、見かけた鍵穴という鍵穴、錠前という錠前に、鍵を試してみるようになった。自分が何をしているのかは、明確に分かっていた。人が見たらいぶかしむに違いないことは承知であった。だからこそ、男は好奇心に駆られた。そして男は周到であった。当然、何回かは人に見つかりそうになった時はあったが、決して何をやっているのか感づかれることは無かった。男は、その秘密の試行を楽しんだ。そして、それはいつしか男の習慣になった。
 当然のように、鍵に合う鍵穴には出会えなかった。大概の場合サイズが違うので、横に添えてみるだけで、鍵穴には合わないことがすぐに分かった。だが、たまにサイズの合う鍵穴に遭遇することがある。滅多にないことだが、鍵穴にすんなりと鍵を差し込めるときもある。その時、男は一瞬躊躇ちゅうちょするのだ。
 このままこの鍵を回して、開いてしまったら、一体どうなるのだ。この鍵が開いてしまったら、この鍵で開いたその先にあるものが、どんなに馬鹿げたものであったところで、それが俺の運命だと指し示しているようなものなのではないだろうか。
 けれども、男はその躊躇にもかかわらず、そのまま鍵をひねった。――その度に、手応えがあって、鍵は回らなかった。男は鍵を抜いて、いつものように何事も無かったようにその場から立ち去る。繕って無表情を保っている。ただ、やはり単純に鍵のサイズが合わなかった時とは違う心持ちが、そういう時はするのであった。
 そういう、戯れの試行を繰り返して、しばらくが経った。途中で、試すべき鍵穴を思いつけないというほどになってしまった時もあった。また、途中で流石に馬鹿馬鹿しいから止めようと考えた時もあった。しかし、地方出張の機会があるときに、荷作りをしていてふと鍵の事を思い返してしまうのだった。
 住んでいる普段の場所と違うところで、自分の「運命」に出会う可能性だって無きにしもあらずではないか? あるいは普段と違うからこそ、それが「運命」を示唆しているということにはならないだろうか?
 馬鹿馬鹿しいという思いとは裏腹に、男は部屋に鍵を置いて出て行くことはできなかった。出張の荷造りにも結局きちんと鍵を入れた。そして、出先でも暇を見つけて、男だけの秘密の試行を繰り返したのだった。そして、あの習慣はすぐにもとに戻るのだ。
 そうして一年が過ぎた。結局一年経っても、鍵に合致した錠前は現れなかったし、無数の試行を繰り返している男にとって、そう簡単に合致するものに出会えないことなど、至極自明のことだった。
 だから、次の年の正月の出来事に、男は当惑したのだった。
 再び、白い封筒に入れられた鍵が、郵便受けに入っていていたのである。
 表面には丁寧に書かれた男の名。中には便箋が一枚と鍵が一本入っていた。

この鍵がお前にとって必要なときがやがて来る。

 便箋には、まったく同じ言葉が、まったく同じように書いてあった。そして鍵は別のものだった。今度の鍵は、男がいつも持ち歩いた鍵よりも、ギザの多い、そして少し大きめのものだった。
 これはいったいどういうことだろうか。疑念は、すぐに一年前に考えたことを呼び戻した。
 鍵だけがあったところで、どの鍵穴に合う鍵なのかが分からなかったなら、何の意味があるだろうか? と、俺は一年前に考えた。しかし、もしかしたらその「意味」はあるのではという可能性をたどるために、俺は一年間様々に試してきた。そして、合う鍵穴が無いままに、新しい鍵が送られてくるとはどういうことなのだろうか? あるいは、今度こそ悪戯か嫌がらせなのだろうか。しかし、二年に跨ってでもやるとは、手が込んでいる。嫌がらせ? 封筒に入っているのが、虫なり、何かの死骸なり、不快なものであったなら、嫌がらせとでも呼べるものだろう。しかし、これは「嫌がらせ」なのだろうか? わからない。少なくともまったく意図がわからないのだ。
 そうして、考えを巡らせるうちに、男は一年前に辿ったのと同じような道を辿った。すなわち、考えを巡らせていると、無性に腹が立つような、気味が悪いような、とにかく居所のない感じを感じて、まずは部屋を出たくなるのだった。そして気分を紛らわすためだけの外出をして、帰ってくる。そして、部屋に残された鍵に奇妙な興味を持って、合う鍵穴がないか探してみたくなる。また、周囲の鍵穴から試し始める。そしてそこから、また鍵と付かず離れずの生活が始まるのだ。
 流石に二年目は馬鹿馬鹿しいと思えてきた時が多くなったのは確かだった。そんな時は、長く鍵を部屋に放置していることも多くなった。しかし、男はふとした時に、鍵のことを思い出してしまうのだ。鍵を試す機会を進んで放棄するのは、自らの運命に挑戦しないことと同義であるように思われたのだ。だから結局、男は鍵を同じように持ち歩いては試した。結果も同じだった。まずほとんどの鍵穴は、見ただけで大きさが合わないことがわかった。そしてたまに差し込むことができる鍵穴があって、それを回してみるときはいつだって男は緊張した。それでも結果は同じだった。そのまますんなりと回る錠前は、無かった。
 三年目の正月にも鍵は郵便受けに届いた。四年目の正月にも新しい鍵が届いた。実際のところ、新しい鍵は毎年届いたのだ。封筒と便箋は毎年同じであった。鍵の大きさや形状は年によって様々だった。一般的な住居用のサイズが一番多かったが、年によっては玩具のような鍵もあったし、偽造しにくい高級品の時もあった。

この鍵がお前にとって必要なときがやがて来る。

 この不可解なしかし几帳面な悪戯者は、俺が生真面目にも色々な錠前に対して鍵を試していることを知っていて毎年こんなことをやっているのだろうか。流石に何年もやったら、少しは毎年おなじみの文面を今年は変えてやろうなどとは思わないのだろうか。男は、そんなことを考えながら、毎年鍵を受け取った。そして鍵だけは毎年変えてくる、不可解な差出人について思いを馳せた。いつかこの差出人が名乗り出たら、俺は何と言ってやろうか。男はいつしか、年末には次はどんな鍵が届くのか楽しみにするほどになっていた。そして、この几帳面な悪戯者にも似て、大晦日にはこの一年「役割を果たさなかった」鍵に年号を振ったタグを付けて、小箱に丁寧に保管した。
 鍵に添えられた手紙の文言、あるいは男の茫漠たる期待とは裏腹に、男にとって鍵の存在が、大きな影響を与えたことは――それこそ「運命」を突き動かすことは、無かった。男はただ、彼の密やかな試行を楽しんでいるだけであった。それもいつもではなく、馬鹿馬鹿しいと思っている時以外に、彼の気の任せるままにやっているだけだった。男の人生は、鍵の存在とは関係なしに進んだ。結婚をし、結婚の危機が訪れた。新居を構え、新居のことで悩まされた。仕事は相応に捗った。評価が上がって新しいデスクが与えられた。まさかな、と思いながら男は新しいキャビネットの鍵穴に鍵を差し込んだ。後方から「先輩、なんで家の鍵を差してるんですか」と後輩が笑いながら言うのが聞こえた。それが、男の試行を他人に見られたことの最初のことであった。男はそれを笑いに変えた。試行が人に見られたところで、何の影響もなかった。
 男はそれから、他の男と大して変わりのない、凡庸な人生を歩んだ。仕事も好調ばかりではなかった。何度かのしかし取るに足らぬ危機、男の人生史のなかではそれなりの位置づけを占めるような挑戦、そして価値観を試されるような試練が、男には現れた。だが、どんな荒波であろうが、それも時が経てば平穏になっていくものだ。人一人がどんなにドラマチックな事柄だと思っていようが、実際のところ、それは大海のなかの一滴の塩水のようなものなのだ。一滴の塩水であっても辛い。だが、この一滴が無かったところで、大海には何の影響があろうか? だが男はそのことに失望をしたわけではなかった。いや本当のことを言うなら、失望する暇などなかったのだ。男の生活は、人並みに忙しかった。人並みに他人から求められ、人並みに他人から見捨てられた。その度に、彼は彼の生活の主人公でなければならなかった。それは、まったく凡庸なヒロイズムであった。彼に少し人よりも違うところがあるとするならば、それが世間一般に言われている幸せというものの正体であると、人並みよりも少し早めに受け入れたことであった。
 そうして男は年老いていった。男が年老いても、住居を変えてもなお、新しい鍵は毎年届けられた。鍵に合致する鍵穴は現れなかった。手紙と鍵の差出人も現れなかった。そして、それでもなお、その差出人は手紙で語り続けた。

この鍵がお前にとって必要なときがやがて来る。


 男にとっては、それですべて良かった。そして、もはや男は今際いまわきわにあった。男は小箱を取り出して、毎年その役を果たさなかった鍵の数々を数えて、己の人生を振り返った。男の手には無数の皺が刻まれていた。皺一つ無い手で、手にした鍵もある。皺の刻まれた荒々しい手で、手にした鍵もある。男は一つひとつの鍵を感慨深く握りしめてから、また丁寧に小箱に戻した。男は満足して小箱の蓋を閉めると、小箱に封をした。そして、老いた妻に自分の棺に入れてくれるように伝えた。
 男の妻は、亡夫に似て几帳面な人だった。男の託した小箱も含めて、棺に入れるべき遺品は全て整えられていた。しかし、葬儀会館の係員の促しに従って遺品を棺に収めようとしたとき、あの鍵の入った小箱は忽然と消えていた。そして、家に戻って探してみても、箱はどこにも見当たらなかった。
(了)


蛇足。カフカっぽいお話を書いてみたかった。

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