2013/05/15

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1年位前の話だが、暇つぶしと英語の勉強を兼ねて、いろんな外国人とSkypeでチャットしたり、直接会ってLanguage Exchange(※1)をやっていた時のことだ。

「こういうチャットとか、Language Exchangeは他の外国の人ともやるんですか」のような質問をして返ってきた答えで、マレーシア人の女の子とアメリカ人の中年男性が揃いも揃って同じことを言っていたのを思い出す。

いわく、韓国人はレイシストだ、レイシストだから嫌いだ、と。韓国人と話していて、日本の話題が出ようものなら、なりふり構わずあいつらは否定に掛かってくる。日本のものは劣っている。韓国のもののほうが優れている、そうやつらは言う。韓国人と話すのは気分が悪くなる。日本人はそんなことを言わない。私はだれが何と言おうが、日本が好きだ――と。

相手からしたら私は見知らぬ人間なのに「日本人である」というだけでチャットしたり会ってくれる。それくらい、その人はもともと日本シンパなのだ、というのはそれはそれとして、である。

そもそも私のほうから「韓国人についてどう思います?」のような質問をしてないのにもかかわらず、韓国が特定の国名で話題に出てくること自体、結構びっくりしたのだが、それに輪をかけてバッシングの調子が性急で直接的なのだ。

私は「まあまあ、韓国人にもいろいろいますよ」「韓国人でも日本人でも、そういうことを言う人はいますよ。そういう人に当たってしまったんじゃないですかねえ」とフォローしたが、全く収まらない。韓国人はみんなああだ。日本人は温和だ、と。

私は特定の国についてどうこう、ということは全く考えていない。私の立場は、人は生まれという属性(変えることのできないもの)によってでなく、変えることのできる中身の部分でこそ評価されるべきだ、という主義だ。

おそらく韓国人の「何人かと」チャットしただけで「みんな」(※2)そうだとレッテルを貼りつけて、強烈にバッシングする彼らの態度には、(いやいやいや……そこまでレッテル貼り付けて国をまるごと否定しちゃうのは、あなたがレイシストなんじゃねえの…)と内心思っていた。

ただ、彼らはバッシングをするために私と話しているのではない。「日本が好きだ!」と彼らは私に朗らかに語り、日本のマンガ、伝統、ファッション…いろいろと旺盛に質問を投げかけてくれた。

非常に複雑な気持ちになったものだった。「日本が好きだ!」という朗らかな宣言と好奇心に隠された、マイルドな彼らのレイシズムを、私は正面から否定する事ができなかった。


翻って昨今、私がそのころ外国人とのコミュニケーションをやっていた時よりも、明らかに日本におけるレイシズムの風潮は高まっている。「ヘイトスピーチ」というもともと聞き慣れなかった言葉が、すっかり報道で聞きなれた言葉になってしまってから、もうどれだけ経つだろうか。過激化の一途を辿るばかりの暴言、そして彼らの「中傷」の語彙の多さには、本当に辟易する。

そして思うのだ、あのマレーシアの女の子や、アメリカ人の男性は、日本のことがまだ好きでいてくれるだろうか。レイシズムがすっかり表面化してしまった、この日本を。

…どっちであったとしても、やっぱりちょっと複雑な気分なのだが。

※1Language Exchange…相手に自分の母語を教えるかわりに、相手からも相手の母語を教えてもらう約束で会う事。
※2どっかで読んだ話だが、心理学で統計をとったところ、平均的に「3人」が同じことを言っていたりすると、「みんな」になるらしい。

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