2013/04/29

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伊賀泰代さんの『採用基準』に、こういう話が出ている。

マッキンゼーでは、とりあえず何でも平均的に優秀である人より、何か一つに突出した能力を持っている人が評価される。そういう人を「スパイク型人材」と称し、採用時でも入社後でも、「その人のスパイクは何か」という視点で人材を評価している。しかし、日本の企業社会ではこういう人材はその能力のバランスの悪さがゆえにに問題児とみられたり、結果敬遠されがちである。つまるところ、評価されない。

伊賀さんが言っている「スパイク型人材は評価されない」という現状を、「スパイク」みたいなモデルでスパッと表すために、私がひそかに流行らせたいと思っている言葉がある。

「ドベネックの桶」。

(まあ、すごく言いづらいし、流行んないだろうけどね。)

明らかに一般的なタームでないので、少し説明する。「ドベネックの桶」とは、植物の栄養摂取に関する説をモデル化したもので、植物の成長は一番採っていない栄養素に影響される、ということを説明したものだ。説の名前はリービッヒの最小律と言う。

「ドベネックの桶」は、複数の板を張り合わせて作られた桶の絵で示される。絵を見てもらうのが早い。


要するに、他に高い板があっても、水は一番低い板のところまでしか貯まらないという桶を想定して、栄養摂取に関する説をモデル化したものだ。

人材育成の仕事をしていると、こういう図を見るとすぐに「この桶のそれぞれの板って、要するにコンピテンシーじゃん」とか連想してしまうのが職業病である。

それでもって、伊賀さんの言うように人材を一番高い「スパイク」で評価するのか、桶の「一番低い板」で評価するのか、という議論になる。

「ドベネックの桶」型で評価されるというのは、とてもシンドイ。しかし、これって現にあるよなあ、と感じることも多々ある。

伊賀さんがこの本でマッキンゼーを持ってきて「スパイク型人材」を称揚したりだとか、それでなくとも「自分の強みを活かそう」みたいなキャリア本がもう10年以上前から溢れている(※)。そりゃ、自分の弱みを補強していくよりも、自分の強みと個性を活かしていくことのほうがワクワクするし、やる気にもなるというものだ。だが、「出る杭は打たれる」なんて言葉が「諺」として存在するこの日本の社会では、杭として出る場所を間違えると、もう出てこられないくらいに頭を打ち付けられる環境だって、相当あるはずだ。残念ながら。

なので、――伊賀さんの言いたいこととは違ってくるかもしれないが――現実問題として、組織として「ドベネックの桶」型の評価の雰囲気が広まっている環境と、「スパイク型」評価の雰囲気が広まっている環境では、発揮しやすいリーダーシップは異なってくると思うし、リーダーシップを発揮するためのストラテジーだって、当然異なるはずだ。そんなことを、「ドベネックの桶」の悲しさをぼんやりと考えながら、思う。

最後に、示唆を与えてくれる福音らしきものがあるとすれば一つ。すなわち、ドベネックの桶で説明されるリービッヒの最小律は、現在の植物学では否定されている、ということだ。

※多分、マーカス・バッキンガムの『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』(邦訳出版2001年)のヒットが、一つの象徴的な出来事だろうと思う。

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