2011/10/31

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あるポストに対して、どんな人が就いても長続きしなかったり、失敗続きだったりする場合、その人の力量の問題よりも、そもそもジョブ・デザインが間違っているのが問題ではないか、と疑ってかかるのが組織デザインや組織行動学の考え方である。

つまり、その人の力量の無さをバッシングするよりも、そのポストに求められている仕事の重さだとか、責任と権限の範囲だとかが、的確にデザインされているかどうかという「仕組み」のほうに目を向けようではないか、という考え方である。

ここまで書いてみて「どんな人が就いても長続きしなかったり、失敗続きである」ポストといったら私にはあのポストしか思いつかないわけで、日々のマスコミの彼に対するバッシングをみていると、もう双方ともに本当にお疲れ様です、としか言いようがないのである。

日本の首相の話、である。

私はここで政治的なポリシーを含めるつもりはない。だが、私が「物心ついて」政治のことがだんだんと分かるようになってきた頃、すなわち、華麗なるパフォーマンスで人々を魅了した、かの首相の頃からずっと追うように見ていくと、私にはどうやっても日本の首相というポストは、「どんな人が就いても長続きしなかったり、失敗続きである」ポスト、すなわちジョブ・デザインがおかしいポストなんじゃないかと思われてならないのである。

野田首相は「身を切る」として、自身の給与を3割カットして国庫に返上するそうだ。そして、マスコミからは「何を偉そうに」「空回りだ」と叩かれている。いろんな意味で溜息が出る。

私は政治のことは詳しくないから、これが実際に空回りなのかということには一切触れまい。便宜上「失敗続きである」と書いているが、首相が本当に政策上「失敗」をしているのかということもこの文章の範疇のことではない。だが、組織デザインだとか組織行動学を少しでも齧った者として考えるのは、こんなに仕事しちゃ叩かれ、身を切っちゃ叩かれしているポストに対して、誰をか自分も将来こういう風になりたいと思うかしらん、ということである。「自分もあのポストに就きたい」と思えるような憧れのポストにデザインされていないと、長期的にみて、そのポストを目指す人材のプールが育っていかない。日本の首相というポストは、憧れることができる役職としてデザインされているだろうか? 日本の首相というポストは、「普通に有能な人」(※1)が続けていくことができるようにデザインされているだろうか? 私にはあまりそうは思えない。


これは私の直感だが、どうも日本の風土というのは自己犠牲的なリーダーシップばかりが称揚されるように思う。それも、分かりやすく目に見える自己犠牲である。だから、3・11で称賛されたのは管首相ではなく、「不眠不休で働く」枝野官房長官のほうであった。おそらくあれは3月13日ごろ、原発の事故の実態がだんだんと明らかになっていくにつれて、「お国のためにこの命を投げ打つ覚悟は出来ています、私にできることがあったら使ってください」というような趣旨のツイートが大量にRTされていたと記憶する。普通はこんなことはとても言えたものではない。だが、それが少しぞっとするくらいの多くの支持を得てRTされている光景を見て、私はこの国で熱狂を呼び起こすリーダーシップの形は「自己犠牲」なんだ、と思った。それがこの国に根付いたヒロイズムなのだ、と思った(※2)。

自己犠牲が必要である場合もあるのだろう。自己を犠牲するくらいの気持ちで事に当たるという殊勝な心がけも必要だろう。だが、本当に犠牲になってしまったらどうだろう。犠牲は、長続きしない。言い換えると、犠牲によるリーダーシップはシステムとしては続いていかないという事だ。

ところが、「胃痛になるほど頑張る自分が、キライじゃなかったりする。」なんて胃薬の広告が、地下鉄に揺られて毎日頑張るあなたにカタルシスを与えてしまう。


時代が混迷を極めれば極めるほど、リーダーシップに対する注目は集まる。どんなリーダーシップが求められるのか。次のリーダーはどうあるべきか等々。私は、ここ数年「仕組み」なんとか術みたいな本が流行っているんだから、リーダーシップを支える仕組み=システムの方にもう少し目を向けてみたらどうかと思う。なぜなら、リーダーシップも仕組みの中で成り立っているからだ。

※1 スポーツ新聞記者諸氏は「彼は無能なのだ」というのだろうけれども。そう言いたくなるのを置いておいて、システムの方に目を向けるのがこの文章のアプローチです。
※2 私にはすぐに3つの言葉が浮かんだ。悲劇的な話として語られる、「カミカゼ特攻隊」。責任はすべて自分にあるので自分を裁いてほしいと言ったという、「昭和天皇」。そして「三島由紀夫」のナルシシズム。自己犠牲というヒロイズムは、「美学(エステティクス)」と結びついているのだ、という考えが私には浮かんだが、これを論じる紙面はない。

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