2011/05/23

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貯金をしても膨らむ時代でもないし、倒産やリストラのリスクも高い時代であるからして、結局のところ今の時代、一番堅実な投資は自分の能力への投資なのではないか、と思う。

自分が「人材育成」という人の能力の向上を扱うビジネスに身を置いているから宣伝で言っているわけではないんだが、現在の日本におけるビジネスの難易度というのは、高度経済成長期から比べたら確実に上がっているのだと思う。差別的なものの言い方になることを覚悟で言うと、取り立ててものすごく優秀というわけでもない人が、ほどほどに頑張って働いて、割と稼げて、しかもお金が膨らんだという時代はもうとっくに終わってしまった。より高い収入を得たいならば、「普通」から抜け出すために能力の向上が求められる。今の時代は、植木等の映画に出てくるような、お昼休みに上着を脱いで、社屋の屋上でバレーボールをしているほど平和ではない(むしろ、今の時代は「ビルの屋上」というもの自体が、幻の存在かもしれない――社員が飛び降りることのないよう、封鎖されているからだ)。悠長なことをしていたら、ライバルが容赦なくビジネスを奪っていく時代だ。人材の量で成果を挙げる時代ではなくなってきた。会社は、成果を上げる少数の人間を求めている。会社は有能な人間に、相応の対価を払う。成果を上げられない人は、リストラのリスクにさらされたり、そうでなくても会社が倒産した場合の再就職に不利になってしまう。どんどん能力の差、というのか、エンプロイヤビリティが年収の差に反映されていく時代になっていくのだろうな、と思っている。

倒産やリストラのリスクは目に見えて以前よりも高い(ように見える)のにも拘らず、人事コンサルのマーサーとかが一昔前高らかに提唱したほどには人材の流動性は高まらない。人材の流動性が高いのは、一部の優秀な人材のみで、彼らについては、別に彼らが会社を異動する意思がなくとも、ヘッドハンターたちが追いかけにくる。エンプロイヤビリティの高い彼らには、より高い賃金が提示される。いわゆる一般的な能力の層は、倒産やリストラに遭遇した場合、年収が下がるというリスクに対峙しなくてはならない。サラリーマンは、もはや気楽な稼業ではないのだ。山一証券の倒産(1997年)やら、日産のリストラ(1999年)やら象徴的な出来事がもろもろあって、平成のサラリーマンはかつてより倒産やリストラのリアリティにさらされた。さらに金利にも期待ができないと来ている。さて、こうしたときに平成ニッポンのサラリーマンは、何を考えるか? ちゃんとリサーチをしていないが、これは感覚的に3つのフェーズに分けられると思う。

(1)投資で儲ける。
最初に思いつくのは、投資で儲けるということだ。賃金もさして上がらず、預金の金利も期待できないなら、思いつくのは投資からのリターンに期待する事だ。おそらく多くのサラリーマンに「投資」という考え方を鮮明に焼き付けたであろうロバート・キヨサキの『金持ち父さん貧乏父さん』が邦訳出版されたのは、2000年である。株・不動産・貴金属・REIT・投資信託・FX等々、流行り廃りはあれど、投資によって「不労所得を得る」という魅力はサラリーマンを捉えて離さない。ネット取引によって億万長者に上り詰めたというトレーダーがもてはやされ、彼らの投資術を本にしたものがビジネス書として平積みにされて売られた。ビジネス書のコーナーが一発屋的な雰囲気に満ち満ちていた時期がある。今でもそのような本は人気があるが、とはいえ昔に比べれば下火になっているように思う。その理由の一つは、ライブドアショックであろう。

(2)副業で儲ける。
ホリエモンが時代の寵児として一世を風靡したのは、2000年代前半であった。多分、「起業」というイメージと、「株で儲ける」というイメージは、シームレスにつながってやってきたのだ。かの株式分割の連発によって、株をハンバーガー並の値段にし、誰でも買える気軽なものにしたホリエモンは、「投資」というものを身近に感じさせる契機をもたらしたとともに、「優秀な――だが傍若無人な――若者の起業」というイメージを日本社会全体に印象づけるのに一役買った。とはいえ、普通のサラリーマンにとっては、「脱サラ」はいろいろな意味で簡単なことではない。資金面や人材面も簡単ではないし、ホリエモンより優秀ではおそらくないし、しかもホリエモンのようには傍若無人になりたくない。そして、なによりも毎月サラリーが入るということ自体が、会社を辞めて起業するというリスクが、サラリーマンを起業から避けさせる。そんなサラリーマンには、藤井孝一の『週末起業』(2003年)は福音となったのだろう。少なくとも、多くのサラリーマンが、「会社を辞めずに起業する(=副収入を得る)」というわくわくする――都合のいい――夢を見たはずだ。

(3)能力の向上によって、エンプロイヤビリティを高める。
ホリエモンが証券取引法違反で捕まって、ライブドアショックが起きたのが2006年。株が暴落して、ひどい目にあった人もいるはずだ。そして、よく言われることだけれども堀江さんの逮捕が世間の起業意欲に与えたインパクトというのも無視できないものがあった。ライブドアの株価が暴落するという出来事があったから株投資の風潮が下火になったのか、また堀江さんが逮捕されたから起業熱が覚めたのか、それらはさておき、ライブドアショックで確実に起きたと思うのは、お金を稼ぐことについての価値観のショックだった、と思う。

堀江さんのような「成金」が世間的にバッシングを受けるようになった。株で一山当てるというのも同じく成金的なものとしてバッシングを受けたが、倫理観はさておき、ライブドアショックは「株は何が起こるかやっぱりわからない」という教訓を人の脳裏に焼き付けた。

起業も下火になり、一気に成り上がることが倫理的に危機にさらされた。その上、株で儲けることも確実性に欠ける。現状の給与は満足できない。さて、どうやって稼げばいいのか?

そこに救世主として現れたのが、勝間和代であった。勝間は、自らのキャリアアップの歴史を詳細に明らかにした。それは、自分の能力の向上によってのみ、ポジションの高い雇用先に雇われるようになり、徐々に収入を上げてきたという歴史であった。ホリエモンの「成功」イメージが崩れた後、世間が求める成功像としての「勤勉な」勝間の個人史は、全く社会が求めるところにフィットしていたのである。

おそらく勉強ブームの火付けになったであろう『無理なく続けられる 年収10倍アップ勉強法』の出版は、2007年である。この頃から、勉強に関する本が流行り始めた。一頃は、株の本だとかFXの本だとかがビジネス書のコーナーを賑わせていたが、最近はあの頃ほどでもない。ビジネス書のコーナーからは、かつてよりもGet-rich-quick的な本はなりを潜めて、特定の能力を伸ばすためのかなり難易度も高い書籍が並べられている。これは勝間自身が確か言っていたことだが、勝間は本を書くのにあたって、どんな本が売れるのかをマーケティングしていて、「フェルミ推定」や、外資系コンサルで使われているような思考術の本など、かつてよりも売れるビジネス書の難易度が高いということを発見したそうだ。


こうして2000年くらいから概観してみると、サラリーマンが確実にお金を儲けていくための方策(あるいは方策のブーム)は、結局「自分の能力への投資」に行きついた。自分を磨き、より高い賃金を払って雇ってくれるところに雇われるようになるだけのスキルをつける。あるいは、確実なスキルを持って企業間を自由に移れるようにする。こうして、年収と自由を手に入れる。勝間の言う「インディペンデント」とは、会社からの独立を意味するのではなく、雇われる企業を自由に異動できるという意味での「独立」であったのだ。

※自分で言うのもなんだけど、この流れはわりかし的を射ているんじゃないかなと思う。僕には中吊りを見るだけでごちそうさま状態になってしまう雑誌「SPA!」の特集記事の変遷も、2000年くらいから追ってみたらだいたい「株で儲ける!」→「こんな副業で年収100万アップ!?」」→「デキる男の10の法則」みたいな感じの流れになってるんじゃないかと思う(ちなみに最新号は「30代からの革命的に記憶力を向上させる技術」である)。

ソーシャルメディアの発展に伴って、ビジネスパーソンの「勉強会」が流行っている。朝の始業前に早起きしてやる朝活というものも活発らしい。英語や、会計や、そのほかもろもろビジネスのスキルアップのための勉強会が開催されているそうだ。ソーシャルメディアがこういった勉強会の活動を活発にした、という説明もできるだろうけれども、一方でこのビジネスパーソンの「勤勉さ」は、純粋にキャリアと収入アップを考えたときに、自身の能力アップが一番効率のいい投資であるという結論にいきついたからだ、という説明も成り立つのではないか。

僕自身は何せ自分の職業が人の能力向上を扱う仕事だから、この結論で何にも損することはないし、読書量も人並みよりは多い人間だと思うから、むしろ名立てがましくてそのことが嫌になるくらいだ。とはいえ、サラリーマンにとって自身の能力向上が結局のところ収入向上のための方策としてブームになっているということは、過去からさかのぼった流れの上から見てみても興味深いことであるとは共有しておいてもいいのじゃないかと思ったのだ。考えてみれば、たいがいの本は、せいぜい2000円しない額で買える。もし買った本がつまらなかったとしても、損失はその本の値段までに限定される。つまらなかったら投げればよいので、時間を無駄にすることもない。こう考えると、本は金銭的リスクも時間的リスクもきわめて少ない優良投資対象だと思うのだ。


間もなく収監される堀江さんが、塀の中で本を2000冊くらい読むと言っているのは、僕にはなんだか象徴的に思える。

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