2011/05/07

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平和というものが、単に暴力を起こさせないことを意味するのならば、人の頭を暴力以外のことでいっぱいにさせれば良いのである。他のことで頭を煩わせ、あるいは夢中にさせ、暴力以外のことで時間を過ごす理由を与える。そして、暴力以外のことが、人のアイデンティティと生きがいの源泉になるように仕向ければ、暴力は起こさせないようにできるはずだ。

だが、暴力が起きないこと、それすなわちが平和を意味するのではあるまい?

近代の社会は、戦争という名の大きな暴力から、日々の中に現れる個人間の暴力に至るまでを抑え込むために、ありとあらゆる機会を提供している。その基本となるものは教育と労働である。暴力を否定する道徳観を教育のなかで教え込むのはもちろんのこと、文学も数学も化学も、ありとあらゆる学問が人の頭を「かかずらわせる」ものになる。夢中になって三島由紀夫がなぜ決起したのかを論じていてれば、自分たちは決起する暇がない。研究に打ち込んで、実験結果がでなくて煩わしいときであろうが、わくわくして夢中のときだろうが、自分が暴力をふるう事なんかに興味はない。仕事、これも暴力以外のことで人の頭を満たす有用な機会になる。仕事をしていれば、関心にあるのは目の前の仕事であり、キャリアアップである。こうして、教育と仕事は、暴力をふるう理由から人を遠ざける。教育と雇用が重要な政策である一因はこれである。

文化や芸術、娯楽といった類も、人を夢中にさせるものであるから、近代の社会においては大いに奨励される。いわゆるハイカルチャーからポップカルチャー、サブカルチャーに至るまで、人の好みに応じてあらゆる文化や娯楽が供給される。オペラが好きな人はオペラの劇場があるし、もっとアングラなのが好きな人のためにはそういうところも用意されている。音楽もありとあらゆるジャンルがあるし、聴くのもよし、ライブに行って熱狂するのもよし、デビューを夢見て路上ライブに励むもよしだ。女の子のためにはイケメン雑誌があるし、男の子のためには美少女のグラビアがある。マンガもテレビもネットも、人を夢中にさせる。2chで傷を舐めあっているなら舐めあっているで暴力は起きないし、高度な議論を交わしているならますますそれに頭が夢中になる。ニコ動で面白い動画を作って評価されれば、やる気になってもう一作作ってみたくなるし、作る側でなくても見てるだけでも暇がつぶせる。近代の消費社会というのは、消費物の形であらゆる興味関心に応える「熱中できるもの」や「暇をつぶせるもの」を提供しつつ、消費者がそれらを「創る側に回りたい」という欲求をも喚起する。暴力以外のことの関心で時間が使えるように、近代の社会はデザインされているし、少なくともそのような機会がたくさんある都市が良い都市とされている。それが近代の資本主義社会というものだ。

たしかに、近代の資本主義社会は人が暴力をふるうこととは別の関心を持てるような要因をたくさん提供している。しかし、それが平和であることとは、イコールではないのだ。


暴力は、しばしば連帯を、集団を生み出す。暴力は犯罪とされ、密封された近代は、ある種の人にとっては孤独すぎるものだ。おそらく、ヘンリー・ダーガーにとっては、近代のアメリカの資本主義社会は、孤独すぎるものだったのだ。


ヘンリー・ダーガーの名は前から知っていた。知ったのは、新聞の文化欄だった。ヘンリー・ダーガーが新聞の文化欄に載るなんて、ダーガーもオーソライズされたものだなと今から考えると思う。揃いの赤い服を着たヴィヴィアン・ガールズの絵と、残虐に殺されたペニスの生えた少女たちの絵が、確か並んで載っていた。

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ダーガーとは何者の簡単な説明と、精神分析っぽい評論と、アメリカ文化に関する考察が確か添えられていたが、大して覚えていない。ただただ、性の欲求を少女と、少女の虐殺にまで歪ませてしまった孤独な老人が描き続けた、壮大で悪趣味な物語だという印象ばかりが残った。

原宿のラフォーレミュージアムのダーガー展に行くのは、実は少し憂鬱だった。昔なら好奇心に任せてなんでも行っていたかもしれないが、悪趣味なものなら疲れてしまう性格になったかもしれなかったからだった。

果してダーガー展は素晴らしいものであった。ダーガーの幼少期、いかにして資本主義のヒエラルキーから突き落とされたか、そしてなぜあのような絵を描き、どのようなところからインスピレーションを得て創作をしていたのか、――それらがより鮮明な像を持って立ち現われてくる、見事なキュレーションだった。

私がダーガーについて知らなかったことは、気象現象や、他の学問にも興味を持ち、かなりの知識量を持っていたということだ。南北戦争史に至ってはマニアだった。そして、それらはすべて彼の創造の材料にもなった。ダーガーはアメリカ社会の底辺の職業を転々としながら、自室にこもってヴィヴィアン・ガールズの「非現実の王国」の戦いをひとり描いていた。

ここで一つ、気づくべきことがある。ダーガーはあれだけ暴力的な想像力を爆発させていたにもかかわらず、実際の少女に危害を加えることはなかった、ということだ。おそらく、ダーガーの創造性が彼を実際に暴力をふるう事から救ったのだ。彼には「非現実の王国」という逃げ場があった。そして、逃げ場を自分で創造することができた。彼は、孤独だったかもしれないが、彼の想像力が自身を救ってもいたのである。

しかし皮肉だと思うのは、ダーガーの創造性の源となっていたのが、彼を底辺に突き落とした消費社会の象徴ともいうべき広告等からの切り抜きであったということだ。ダーガーは、切り抜きの写真をトレースしたり、切り張りして創作をしていた。彼は、雑誌の類をゴミ置き場から漁って、大量に持っていたそうだ。そこから、彼の創作の材料となる大量のインスピレーションを得ていた。広告や雑誌、新聞から切り抜いた美少女の写真がなかったら、ダーガーは創造性を発揮する事ができなかっただろう。冷酷な近代の消費社会は彼を突き落としたが、ダーガーはそれによってのみしか、救われなかったのだ。

ダーガーの墓碑銘が「子供たちの守り主(Protector of Children)」であることも初めて知った。私は、それを知って、ふいに少し泣きそうになったのだ。

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