2011/05/05

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そうは見えなかったかもしれないが、3・11以来、実のところ僕は自分がどのように行動し、何を発言し、何を行動するべきなのかについて、ずっと迷っていたところがあった。心の整理がつかず、Twitterで発言するのも控えていた時期があるし、ソーシャルメディアを見ると様々に飛び交う言説に疲れ果ててしまう自分がいた。いま、そしてこれからに起こることについて知るとともに、政府や企業がどのように行動し、マスメディアが何を報じるのか、社会の中のどのようなカテゴリの人々がそれに対してどのように反応し、行動するのか、ソーシャルメディアが果しうる成果と弊害はどのようなものか、そういうことを注視していた。

人は買い占めに入った。物のなくなったスーパーを見るのは初めてだった。節電が宣伝された。ソーシャルメディアでは「ヤシマ作戦」と名前が付けられたことで、宣伝が広がっていった。ソーシャルメディアでは悪意のある情報発信もなされたが、そういった情報は大多数によって攻撃され、淘汰されるという良い現象も見た。その一方で「有害物質の入った雨が降るからレインコートを着ろ」などの「有益」な情報は、裏のないまま広がっていき、そういう脆弱性も露わになった。恐怖、流言蜚語、デマ、評論家気取りがつぶやかれつぶやかれつぶやかれ、群衆の大声となってタイムラインの中で喚きだした。僕はタイムラインから逃げ出したくなった。

あれから、もう1か月以上が経った。いろいろあった。年度が変わって、都知事選があって、もひとつ選挙があって、9・11の首謀者が殺されたと発表され、相変わらず中東は荒れまくりのまま、連休が来た。僕は東京の中央区に暮らしているが、もう少し前から、まったく街は平和そのもので、店も暗くないし、エスカレーターが止まっていることにも慣れた。ファミレスの営業時間も元に戻った。英雄でなくとも、普通の人が行けるくらいに、被災地もボランティアの受け入れ体制が整ってきた。募金が募られる一方で、詐欺事件も起きた。偽善が叩かれる議論が起きた。「今夏の計画停電はあるのかしらね」とコーヒーを飲みながらファミレスで新聞を読める。「原発恐いわね」という会話は、もはや世間話となった。こうして、あの非日常はほぼ、日常に溶け込みつつある。


学校で国旗掲揚をするかどうかについてはものすごく議論があるこの国のそこかしこで、今は日の丸をデザインした「がんばろう日本」のメッセージポスターが目に入る。これらは、「自主的に」制作され、掲示されているものだが、少し考えてみれば、これはすごいことだと思う。

がんばろう日本。何を? 誰が? どこで? そんなことを一切問わないから、みんな言える。がんばろう日本、と。

大震災が、日本のナショナリズムに繋がっていくかどうかにも、僕は注目していた。そこかしこに掲示された「がんばろう日本」は、ナショナリズムへの誘導をするだろうかと考えていた。もしかしたら、僕の知らぬところでナショナリズムが動いているのかもしれない。だが、少なくとも僕には、大震災によって多くの人が愛国心に目覚めて「がんばろう日本」と言い始めたのではないと見える。「がんばろう日本」のプロパガンダが短絡的にナショナリズムに繋がるものかと言ったら、そうでもないと思うのだ。




マスメディアが、津波に飲み込まれる街を、火災の地獄絵図を我々に見せた。時間の経過とともに、さらに生々しい映像がYoutubeにアップされるようになり、良心と衷心、そして幾ばくかのカタルシスを満たすために、我々はそれらをも見た。災害が街を飲み込む映像は圧倒的であった。それに対して何にもできないという無力を思い知らされた我々は、何かをしたい、貢献したい、でも大したことができない、というフラストレーションを感じる。そしてこの不安定な気持ちをなんとかしてくれる、フラストレーションの解消を求める。どこへ? 日常へ。日常の経済活動へだ。

災害が起きて、いち早く救援活動に出た「英雄的」な人々がいた。石原軍団とか、ロンブーの淳とかが、ものすごい称賛を受けていた。考えてみるに、この称賛は、取り立てて何か特別なアクションを取るまでは勇気がないが、何らかこの事態に対して貢献したいとフラストレーションを抱えていた人々から送られたものではなかっただろうか。多くの「一般の」人には、そこまでの財力もないし、何らかの行動をとるまでの勇気もない。それでも、この事態に対して貢献できる先を求めている。少しのお金なら募金箱にいれることができる。さて、その次は何をしたら良い? ――日々の経済活動を着実にこなすこと、だ。取り立てて特別なアクションを起こすことよりも、日本の経済をストップさせないために、働いて、お金を使うことだ。つまり、日常に戻ることだ。――そう、だれかが言った。マスメディアもこんなことを言っていた。

誰だって、日常に戻りたい。恐い思いをしたくないし、罪悪感だって感じたくない。誰が最初に「がんばろう日本」という言葉を言い出したのかはわからない。おそらく同時多発的だったのだろうと思う。けれども、その言葉は日常に戻る事、日常の経済活動に戻ること、そして少しでもこの事態に役に立ちたいという気持ちを、うまく言い表していた。みんなが欲しかった言葉だったのだ。


僕自身も、英雄ではない。英雄になりたいとも思わなかった。僕は企業に所属するサラリーマンである。僕には会社に行けば仕事がある。仕事をすれば月20万円少しがもらえる。仕事を辞めて、被災地に飛ぶ勇気はなかった。年度末だったから、2011年度の自分の営業戦略を練る必要があった。これは相当に苦しい作業だった。一方で、新年度のキックオフの余興のための段ボール工作をもくもくと作っては、はしゃいだりもした。自分に何ができるのか、そして何をすべきなのか迷っていた。忘れたかったのではない。むしろずっと頭にこびりついていた。多分、3・11以降の3月中の僕はかなり躁鬱的だったと思う。


貢献の意識は、常に自分がしていることが正しいことであると信じたいという欲求と結びついている。

「献身の根本的な誤謬は、人が他人を見る場合、心中に一つの穴ぼこを持っている対象物としてであり、自分なら、その穴ぼこを埋めることが出来ると思うことであります。」
――ボーヴォワール『人間について』「献身」


震災がなかったとしても、随分と前から「問題は山積だ」のような言葉が溢れていた。何についての問題が山積なのか? 国政? 我々の未来? そして山積している問題とは何なのか? 数が多すぎて分からない? 何だかよく分からないままに、「問題が山積み感」ばかりが先に立って、行く末の不透明感というか、不安感ばかりが煽られていた。

しかし、これからのありたい姿が描けなければ、いったい何が「問題」なのかは、はっきりと言い表すことができない。なぜならば、「問題」とは、「現状」と「願っている姿」との「差」であるからだ。このことは僕の会社でも言われていることだし、他の外資系のコンサルティングの会社でも基本になっている考え方だ。

果して、大震災が起きてしまった。地震が起きてからの72時間にすべきことは明確である。一人でも多くの命を救助する事、だ。でも、そこから時間が経つにつれて、何をするべきなのか、何を目指しているのかはどんどん分からなくなっていく。また山積みの問題が増えた感じがする。では、何の問題が増えたのだろう? その前に、我々はどこを目指しているのだろうか? それが言えない限り、「山積み感」ばかりが募って、不安になるだけだ。

問題は、どこを目指しているのかが言い表せないことかもしれない。


目指すべきところがうまく描けない場合、「とりあえず経済の復興」というのが目標になるのだな、と3・11以降の世の中を見ていて、思った。グラフィックデザイナーの原研哉は、戦後の復興の意識が「経済の興隆」であって、「生活意識の成熟」ではなかったと本で書いていて、こういう日本の価値尺度は20世紀後半すべてにわたって通奏低音のように響いている、と結んでいるのだが、21世紀の十分の一が経過した今でも、この感じは同じなのだな、と思う。がんばろう日本。


僕は早稲田の戸山育ちだから、ここびいきのような言い方になるのは百も承知だけど、これから僕たちがやらなきゃいけないことは、文化の構想なのだと思う。「文化の構想」というのは、「どのような文化を作ることが最良なのか」という意味に捉えてはいけない。それは官僚的なものの考え方だ。これは結局のところ、独善と多様性の否定につながる。これは3・11が起こらなくてもそうだったのだと思うけれど、3・11によってはっきりしたと思うのは、一人ひとりの生活文化の問題だと僕は思う。それはライフスタイルの問題だったり、コミュニティの問題だったり、貧富や労働の問題だったりだと思う。もちろん、経済だってこの中に入る。というか、ありとあらゆることが入るだろう。これらの事柄に、一つの答えはない。でも一つの答えがないからこそ、とりあえず出来上がっている流れに乗って僕たちは生きてしまいがちだ。別に流れに乗って構わないし、何らかの正当な理由や利点があるから既成の流れができているのでそれ自体はすぐ否定するものではないのだが、流れに乗ることに対して、あまりにも僕たちは考える理由とか機会とかツールとかを持っていなさすぎるのではないか、という問題意識が僕にはある。多分こういうことを考えていくことが、原の言葉を借りるなら、「生活意識の成熟」に繋がっていくのではないか、と考えている。

僕自身にとっては、こういうところから、3・11以降の行動を考えなきゃいけないと思っているし、自分自身のできることについて案を考え続けている。

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