2010/09/18

我々は子どものときから「知らない人とは話をしてはいけません」と教え込まれるのだが、実のところ知らない人と話をするのが巷でいうところの「コミュニケーション力」であって、最近の若者には足らん足らんとぶうぶう言われているそれなのである。

警視庁が防犯教育用につくった「ドキドキまあちゃんゲーム」は、恐るべき例だ。何があってもまあちゃんは動じてはならない。まるでマザー2のプーが受ける「ム」の修行のようだ(このネタ分かる人いるかなあ)。

「ドキドキまあちゃんゲーム」では、「お父さんが事故にあったから病院に連れて行ってあげる」というおばさんについていくとゲームオーバーになったり、写真を撮らせてくれたら好きなものを買ってあげるといわれてついていくとゲームオーバーになったりする。友達の誘いに乗ってもゲームオーバーになる。

当然、犯罪に巻き込まれてはならない。十分「まあちゃんゲーム」の意図も汲むこともできる。だが、「正しい教育」が教える正しさなんて、薄っぺらいものだってことも十分に知っておく必要があるんじゃないか。

寄り道はしてはいけないって? もし僕が学校の帰り道に寄り道をしてなかったらと思うとぞっとする。僕は小学生のときから高校生のときまで私立学校だったので、電車に乗って通学をしていたが、定期券内の駅で途中で降りて寄っていたブックオフがどれだけ僕の勉強の場になったか知れない。

そこらへんに落ちているものを拾ってはならないって? 男子というものはそこらへんに落ちている雑誌から、大人の世界をのぞき始めるのだ。そしてお年頃になると、どういうわけかそういう本が落ちていて、人通りもない。それはもう社会が用意した教育的配慮としか言いようがないほどなのだ(今はもうあんまり落ちていないのかな)。

必要なのは、知らない人を一律に信用しないことではなく、知らない人がこれから信用するに値する人かどうかを判断する能力であり、自分自身も信用に足る人であることを知らない人に示していくスキルであり、万一悪しき人に関わってしまった場合にいかに対処するか、だと思うんだがどうだろうか?

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