2009/07/15

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"Il faut vivre comme on pense, sinon tôt ou tard on finit par penser comme on a vécu."

Paul Bourget

「自分の考えたとおりに生きなければならない。
そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう」

ポール・ブールジュ

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僕もビジネスの世界に入って、結構(ビジネスの文脈的に)「人生前向きに生きること」について考えることが多くなった。それも人材教育・開発の世界に足を踏み入れたわけだから、そういうことを仕事で扱うことすらある。

「人は、自らの人生の主人公であり、自らの人生という船の舵を取るべきだ。」

そんな考え方がある。セルフマネジメントという括りに入るのだろうか。

その考え方は間違っていないと思うし、自分自身だって自分の人生の船の舵を取って行きたい/生きたい。そういうことに興味を持ったからこそ、僕もこの業界に入ったのだ。

ただ、何だろうか、不景気だからなのだろうか、日本のもはや雰囲気になってしまっているのだろうか、理由は明確ではないけれども、この考え方がもはや強迫的に広まっている気がするのだ。

それだけ今の世の中には、自分の人生を自分でない何か(それはある特定の人とは限らない)に握られているといる感じを持って生きている人が多いのだろうか。

その「何か」から自分の人生を「奪還」しなければならない、というような考え方がすごく世の中には広まっている気がするのだ。

「奪還」して、「本来の」持ち主である自分のもとに取り戻そう。そして、自分でそれをコントロールしよう、という考え方。

あるいはもっと言うと、「成功者」になろう、という考え方。

でも、そういうのはやりすぎると息苦しくなるときがある。

「成功者」って何じゃい、と思う。

***

「自分の考えたとおりに生きなければならない。
そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう」

ごもっとも。名言だ。

でも、なんだろう、この残酷さは。

悲しいかな私たちは気付いたときには「生きている」。大体、このことに12歳から13歳くらいの頃に気付くはずだ。そして、だんだんと生きてきたとおりに考えていることに気付くのだ。

人は、誰でも一度は自分の過去の奴隷であると感じることがあるのではないだろうか。そして、それは至極当然のことなのではないだろうか。

それを考えると、「自分の考えたとおりに生きなければならない」というのは、とてもその通りなのだけれども、かなり残酷な命令なのではないだろうかしら、と思う。

***

取り戻すべき「私の人生」なんて、そもそもあったのか、という疑問が宙に浮かんだまま、「自分の人生」を取り戻す議論がされている気がしている。それに答えを出さないままに自分の人生を「奪還」するのを強迫されるのは、僕はすごく息苦しいのだ。

往々にして、そいつから「人生」を奪還しなければならないと敵視されている「何か」に対する気持ちは、実は私たちが激しくすがりたい気持ちの裏返しであったりもするとも思う。

政治とか、仕事とか、お金とか、家族とか、過去とか。

人は、気がついたときには「生きていて」、「生きてきたなりの」考え方を常に/既に持っている。今まで「生きてきた」というそれだけで、(日本に住む大部分の人は)日本の政治に取り込まれていて、両親の影響を受けていて、両親のお金で生きてきて、そういう過去を持っている。そういう意味で、そもそも、人は自分の人生の完全な主人公ではない、ということを認めなきゃいけないような気がするのだ。というよりも、それを否定することではなく、認めることからしか何事も出発しない気がするのだ。

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