2009/02/17

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「それで、会社をクビになった後は、一応もう一度会社に勤めようと思って就職活動をしたものさ。でも使えなくてクビになったような俺をほしがってくれる会社なんてどこにもなかった。やっていくうちに、俺も嫌になって、人としゃべるのがメインじゃない仕事に就こう、と考えるようになった。人間、向いている仕事に就くのが一番じゃないか……。俺はそれから自動車の工場で働くようになった。月25万以上、っていうのも魅力だった。最初はぜんぜん違う仕事だったから、あっけにとられたものだった。でもやっていくうちに、自動車の組み立ても、あれはあれで面白いと思えるようになったのさ。25万は入ってこなかったが、会社から安い寮も与えられていたし、毎日きつかったが良かったといえば良かった頃だった」
 二人が座り込んだこの小さな通りには、もう人通りがありませんでした。ほんの少しあった人通りも、まるで二人のことが目に入らないかのように立ち去り、それももうなくなって、ただ静かに雪が降るだけになりました。今がいったい何時になったのだか、分かりませんでした。もしかしたら、年はもう明けたのかもしれませんでした。男の表情はくもりました。
「でも、それもクビになった。昨今のこの景気だろう? 寮も出て行くように言われた。そして、今に至る、ってわけさ」
 ありきたりな話だろう、と言って男は自虐的に笑いました。
「工場には、どれくらい勤めていたんですか?」
「二年だ」
少女は、少し驚いて聞きました。
「それじゃあ、今おいくつなんですか?」
「三十……五か? この間誕生日が来たから」
 男はとても三十五には見えない姿をしていたのです。顔は老け込み、体はもっと年がいって、弱ったような感じをしていたのでした。
 少女は男のことをいつの間にかおじさんと呼んでいましたし、男も自分のことをおじちゃんと言っていましたから、それがまったく正しいのだと少女は思っていました。けれども、年齢だけを考えると少女にはとてもおじさんなどとは呼べない歳だと思いました。しかし悲しいかな、男のその姿を見ると、おじさんとしか呼べない姿をしているのでありました。
「今は、何をされているんですか?」
「今、かい? 今……俺は何をやっているんだろう? 家もなくて、ふらふらしている、としか言えないかもな」
 男は寂しそうな顔をして、それをごまかすため、ポケットからあの二百円を取り出して手慰みにいじっていました。男はそのたった二枚のコインをじゃらじゃら動かしたりして、その眼差しはぼうっとしていました。
少女は、男とはちがって、それでも家のある自分の身の上を考えていました。もちろん貧しい、小さな家で、こんな寒い冬にはすきま風が吹き込んでくるような家です。けれど、雨風もしのげないこの男と比べたら、自分は恵まれているのかもしれない、と少女は考えました。しかしそこで、お父さまとお母さまの顔が浮かんできて、少女はうつむくのでした。
「この二百円もね、いざって時にしか使えないんだ。今俺はね、なんとか、そういう仕事をくれる会社に登録して、毎日仕事が来るのを待っているんだが、仕事なんてそうそう来やしない。でも何かがあったら、このお金を使って面接会場までは行かなきゃ行けないだろう? 二百円なきゃ、電車にも乗れない……」
「そういうことだったんですか」
 少女は、男の身の上に同情せずにはいられませんでした。自分も十分貧しい身の上だと思っていましたが、男のように一度はいわゆるちゃんとした社会にでた人間でも、転落するとこうまでになるのだ、ということを痛感したのです。自分には家がありますが、男にはもうありませんでした。そして自分にはマッチという売るものがありましたが、男は必死に自分を切り売りしているのでした。しかし、二人には共通していることがありました。貧しいこと、そして、この世間の誰からも必要とされていないことでありました。二人を置いてけぼりにするように、この寒さはやみそうにありませんでした。
「マッチを、つけましょうか?」
 しばらくの沈黙のあとに、少女が突然言いはじめました。よしなよ、売り物なんだろう、と言う男をよそに、少女はマッチを一本こすって火を点しました。マッチの火の暖かさがぽっとひろがりました。
「どうせ、売れませんでしたから……。おじさんも暖まってください」
 少女はもう一本マッチをすって、男のほうに向けました。ああ、それはなんと暖かい火だったことでしょう。暖かさがほんのすこしあたりにひろがっただけで、凍えきって硬くなった男の顔もやわらぐのでした。少女は微笑みました。
「ねえ、いいでしょう?」
 少女は、今まで見せなかったような無邪気な顔をしました。男もその顔を見て、笑わずにはいられませんでした。しかし、じきに火は消えてしまい、また寒い風が二人を打ち付けました。
 少女はたまらずもう一本マッチに火を点しました。またもう一度、暖かい空気があたりにひろがりました。炎は白く細く燃えて、通りの向こう側の壁をも照らしました。壁に映った光の中に、ぼんやりと、温かな料理が湯気を立てているのが少女には見えました。あれは何でしょう? クリスマスケーキと、湯気を立てている七面鳥、そして少女が大好きだった卵焼きやソーセージなどがたくさん盛られたごちそうが見えます。その横には、手をたたいて喜んでいる幼い頃の自分がいます。おなかが減りました。少女は思わずその中に手を伸ばしてみました。けれども、手に取れるわけはありませんでした。もう、こんなごちそうは何年くらい食べていないでしょう? 少女は懐かしくて涙が出そうになりました。でも、たくさんのごちそうを見ているだけで、少女は幸せな気分になりました。
「おじさんも、もう一本マッチをすってみて下さい」
 優しい少女は、男にマッチを一本差し出しました。男は少女が差し出したマッチをすって火を点けました。

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