2009/02/05

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こまばアゴラ劇場支援会員制度と演劇の値段について

「演劇は興味があるけど、何を見ていいのか分からない」「舞台は当たりはずれが大きいように思う。映画ならつまらなければ出て行けるけど…」
演劇を見慣れない方から、そういった声をよく聞きます。たしかに、安くはないお金を払って、つまらない芝居を見れば、頭に来ることもあるでしょう。
しかし、例えば美術館なら、何百枚という絵の中から、1枚でも2枚でも心に残る絵があれば、あなたは満足して帰りませんか?演劇も本来、劇場のプログラム全体を評価していただき、今年は何勝何敗だったというように楽しんでいただくべきものだと私たちは考えています。いや、たとえ、1勝15敗でも、その一つの作品が、人生を変えるような出会いなら、そこに劇場の価値があるのだと思います。

こまばアゴラ劇場の支援会員制度を利用すれば、1回の観劇は千円から2千円、1本1本がつまらなくても、あきらめのつく金額です。また、たくさんの作品を観ていただき、それを比較することによって、一見つまらない、自分には縁のない作品だと思えていた舞台にも、新しい魅力が発見できるようになるかもしれません。

平田オリザ こまばアゴラ劇場2009年度劇場支援会員募集パンフレット


ああ、やっぱりオリザさんはそう考えてこの制度を作ったんだ、と思う。まったくこの通りの経験をしてしまった。オリザさんはやっぱりすごい。

僕がアゴラ劇場の支援会員制度を知ったのは2007年、大学三年生の時だ。ふらっと気が向いて観にいったのが青年団系の演劇で、そこの置きチラシでこの制度を知ったのだった。詰まるところ観客サイドからすればこの制度は、

一般会員:年会費1万円でアゴラ劇場+αで上演される演目のうち、各公演の一般料金に関わらず7回観られる。
学生会員:年会費7千円でアゴラ劇場+αで上演される演目のうち、各公演の一般料金に関わらず7回観られる。
特別賛助会員:年会費3万円でアゴラ劇場+αで上演される演目が観放題になる。
(2008年度までの制度)

というものであって、学生である僕はすぐに学生会員になったのだった。7千円で7回だから、一公演千円。映画よりも安い。芝居を観始めた頃にあたった演目が「運良く」、「アタリ」ばかりだったから、こんなに安くていいのかと思った。むしろ安すぎて申し訳ない気さえしたものだった。そういうわけで僕は7回分の公演をすっかり楽しんで、2008年度、大学4年次では3万円を払って特別賛助会員になったのだった。

それで、2008年度は本当に観て観て観まくった。この制度を使って観ることができるのは年間40本以上あるが、僕はそのほとんどを観た。僕が演劇をこれだけ好きになって、最低でも二週間に一度は芝居が観られないとビタミンが足りなくなるのと同じように「文化」が足りなくなってイライラする程になり、演劇批評の世界にも少し足をかけるきっかけともなったのはこの制度のおかげである。

ほんの端くれであっても批評に手をかけるくらいまでになれたのは、確かに僕が観る「回数」をこなしたからだと思っていて、僕が「回数」を踏むためにはこの制度は必要不可欠だった。何のことはなくて、お金の話だ。何せ40本のうちほとんどを観てきたのだから、それを一般料金で換算すると、軽く10万円は越すはずだ。学生に10万円はきつい。金銭感覚の話になるかもしれないが、僕は3万円ならばいけると思うし、僕みたいに制度をフル活用したらむしろ安すぎるくらいだ。一回あたりの値段は千円どころか、それも切っているはずだ。本当に特別賛助会員になって、演劇が観やすくなった。つまり、僕のような金持ちでもなんでもない普通の学生にとって、特に演劇を観る際の「安さ」というのは、劇場に足を踏み入れるための大きな動機であり、入りやすい入り口なのだ。

ただ、そうやって「数をこなして」芝居を観ていくと、こちらの目も肥えてくるし、目が肥えている/肥えていないに関わらず直感的に「好きじゃない」芝居にも当たることになる。もし運の悪いことにその「ハズレ」の芝居が、例えば絶対にウマイことが分かっている3千円のミニ懐石ランチの代わりに身銭を切って払った芝居だったら、チクショー3千円返せ、ということになってしまうのだ。そこをこの制度は本当に良くカバーしている。3千円払った芝居が「ハズレ」だった、だから芝居なんかもう観てやるもんか、という「運の悪さ」を「安さ」と「回数」でカバーしているのだ。つまり、最低でも7回くらい観れば1本はあなたにとっての「アタリ」があるでしょう、そして7回観るうちにあなたの目も肥えてくるでしょう、そのかわりに一回あたりの値段を格安にします、という発想だ。

冒頭に引用した文章は、実は「宣伝」文としては余りに正直すぎて危うい。アゴラ劇場のプログラムの中にはあなたにとって面白くない芝居もありますよ、と言っているも同然だからだ。少なくとも、そう捉えられても仕方がないことを書いている。それでもなお本当のところを書いてしまうのはオリザさんの誠意だと思うし、ある一つのカンパニーが愛されるという目標を超えて、カンパニーの枠を超え、演劇というもの全体が社会から愛されることを目標に据えているのだろうな、と思う。

2月4日、「冬のサミット2008」の開幕と同時に2009年度の支援会員募集が開始され、2009年度の制度が明らかになった。同日から2009年度版の支援会員募集のパンフレットが配布されるようになり、冒頭の文はこのパンフレットに載せられたものである。僕が今この文を書いているのはこのオリザさんの文を読んだことと、あと導入された新制度に驚いたからである。

2009年度より【特設割引】を実施します……2009年度より、個人会員(通常会員・特別賛助会員)の特設割引を実施いたします。
対象=「学生(専門学校、演劇研修所在籍者を含む)」、「高齢者(65歳以上)」、「障害者」、「失業保険受給者およびそれに準ずる方」

この「特設割引」を利用すると、詰まるところ「観放題コース」である特別賛助会員は、3万円のところがさらに安くなって2万円になる、というのだ。

はっきり言って、驚いた。昨今の経済状況と不景気を考えると、2009年度は会費が上がっても仕方ないだろうと僕は予想していたのだ。ところが、制度は値上げしないばかりか、対象は限られるものの値下げに踏み切った。僕は来年度からは学生ではないからこの値下げの適用を受けないものの、心の中でブラボーと叫ばずにはいられなかった。

また今年度からは、さらに幅広い割引制度を用意しました。今後、日本経済はより一層厳しい局面を迎え、経済格差による社会的断絶が多発することが予想されます。このときこそ、芸術文化は大きな力を発揮すると、私たちは信じています。


「特設割引」の対象は、収入がかなり限られている人たちになっている。そのような人ほど、「安さ」を劇場の入り口にしたほうがいい、というのは僕が学生として一年間観まくってきたことで実感したことだし、「経済格差」のせいで、演劇がお金に余裕のある人たちのためのものになっていってしまったら、きっと演劇はどんどんつまらないものになるだろう。経済的に弱い人間にこそ、「安さ」は必要なのだ。そして「安さ」のおかげで観る人間が増えてこそ、演劇は成り立つ。割引ブラボー。

ところが、ここで手放しでブラボーとも言えない一つの不安がよぎる。観客サイドからすれば、観劇のための料金が下がるのは本当に良いことだと思うのだけれども、役者とかスタッフとか、つまり演劇を「つくる」サイドに皺寄せが来過ぎはしないか、という不安である。この制度は「支援」制度だから、あくまで会費はそうしたつくるサイドを経済的に支えることに使われるはずだし、パンフレットにも会費は「安定した資金源」となると書いてある。しかしそれにしても安すぎるんじゃないか、本当に「支援」しているのかしら、と思うのだ。僕はこの制度がどうやって回っているのかよく分からないし、赤字なのか黒字なのかもわからないから、こうやってまるで赤字なんじゃないかみたいに決め付けて書くのが無礼なことは承知している。けれど、アゴラのスタッフでもなんでもない一アウトサイダーで、この制度を活用しつくした人間からすると、やっぱり安すぎると思うのだ。昔から演劇人というのは貧乏だ、ということにはなっているとしても(この時点でもう問題があると思うのだが)、なにせ昨今のこの景気である。アルバイトの時給は下がって物価は高騰している。つくるサイドにとってみれば、日々生活するのにかかるコストはかさむ一方で、お客さんに来てもらうためにはチケットの料金を上げることは出来ない、という相当辛い時代がやってきているはずだ。僕も一度だけ役者をやったことがあるし、役者を目指す友達もいるから、きっとそうなのだろうという予想で言うけれども、若いカンパニーほど一人一人の役者にかかっている負荷は大きいはずだ。ノルマを払って参加している場合もあるだろう。そんな、必死になって「つくっている」サイドに対して、「観る」サイドは「安さ」をいいことに、通常料金の半値以下、もとい3分の1以下、「観放題2万円」ならばさらに5分の1の値段で芝居を観ていいものなんだろうか? もうこの域になると「観る」サイドが「つくる」サイドをエクスプロイトしているレベルなんじゃないか、という不安がよぎるのだ。だから、僕がこの制度で一抹の恐れを感じるのは、「観る」サイドの中の格差が解消されこそすれ、「観る」サイドと「つくる」サイドにこそ格差がでてきてしまうのではないか、ということだ。

その「格差」とは、”安すぎる観劇の料金”と”つくるためのコスト”が釣り合っていないという経済的なギャップだけを意味するのではない。もっと悪いことには、精神的な隔たりというか、それこそ「社会的断絶」が生れてしまうんじゃないか、という嫌な予感がするのだ。それは例えば、食べ放題の店で、俺はもう決まった料金を支払ったんだから、いくら皿に取っても俺の自由だろう、多く取りすぎて食べ残しても別にそれがシステムなんだから仕方ないだろう、というような考え方を「観放題コース」である特別賛助会員の会員証を持つ観客がしても、システムとしてそれに対してやめて下さい、ということは出来ないということだ。人はあまりに安いものや、一回一回身銭を切らないものに対して敬意を忘れるように思う。「観放題コース」も、観客の考え方一つでそういう、「つくるサイド」をエクスプロイトするものになってしまう恐れがあるように思うのだ。「演劇好きに悪い人はいない」、みたいなユートピア的な考えをしたい衝動に駆られるけれども、やっぱりどうしてもそういう考え方をする人はいるんだと思う。なんというか、そういう考え方を観客のサイドがし始めたときに、また新たな意味でのSocial Divideが、あの舞台の上でチョコチョコ演じている人たちとは生きている「社会」が違うんだ、という観客の「貴族意識」が、生れてしまうような悪い予感がするのだ。

演劇と言うものが、もっと社会に対して門戸を開くのに「安さ」というのは本当に良いアプローチだと思うのだけれど、「値段」と「演劇のコスト」が釣り合って回っていく仕組みにはなっていないというのは大問題だと思っていて、実のところ今の僕には答えがわからない。これは僕が演劇についてこうやって文を書く人間として、これから考えていきたい課題だ。そしてふつつかながら、こうして文を書いて考えていくことが今の僕にとっての制度をつかって「安く演劇を観させてもらった」恩返しであり、責任であると考えている。

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