2009/02/16

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 そこで、少女は持っていたマッチの束の半分を男に渡し、二人は一緒にマッチを売り始めました。雪はいっそう勢いを増し、厳しい北風が二人を打ち付けました。
「マッチは要りませんか?」
「マッチは要りませんか?」
 空はもう真っ暗になって、ただ建物からこぼれる光や、街のきらめきだけが二人のこの奇妙な姿を照らし出していました。街を行く人々の足は早く、どこかへさっさと去ってしまうようでした。もう、新しい年がすぐそこに迫っているのかもしれませんでした。
「マッチは要りませんか! ハイ、ソラ、マッチ! マッチ! マッチは要らんかい!」
 男はいったい何を売っているのか良く分からないような掛け声で人々に声をかけていました。やたらと威勢はいい声なのですが、その分変な光景で、少女はこれで売れるのかと思いました。男の声の出し方は変で、あまり人に好かれる感じではないと少女は正直に思いました。けれども、だれかがこうして一緒に自分のために手伝ってくれているなんてことは初めてだったので、少女は実はうれしかったのです。男の威勢に釣られて、少女も変な元気を出して声をかけたりしました。しかし、そんなことをすればするほど、二人の姿はただの●●●●にしか見えないのでした。案の定、二人に見向きする人なぞ一人もおらず、ただただ時間が過ぎ去っていきました。
 とうとう二人は疲れ果てて、人通りの多い通りを避けた細道に入って、座り込んでしまいました。
「お嬢ちゃん、売れないもんだねえ」
 男は白い息をあげて言いました。
「お嬢ちゃん、俺が手伝ったばかりに売れなくなってしまったのかもねえ」
 男は申し訳なさそうに言いました。道にはうっすらと雪が覆いかぶさっていて、二人が座り込んだアスファルトの下から、うっすらと冷たい溶けた雪がお尻に浸み込んできました。
 このかわいそうな少女は、男が言ったことに、そうだ、などと答えようとする考えなぞ、少しも思わないのでした。
「おじさんが手伝ってくれたから、わたしももう少しがんばれたんです」
 少女は膝を抱え込みながら言いました。その声はもう小さく、男よりも小さい息をついて、少女の分の白い息は夜の闇の中にぽっと消えていきました。男は、それでもやはり、自分がいたから少女の邪魔をしたのだ、としか考えられませんでした。自分は昔からいるだけで誰かの邪魔をするような人間だと男は考えていたからです。男は、人と何かをやるのは好きなのに、そのたびいつもうまくいかないのでした。一方で少女は、結局一つとしてマッチを売ることができなかったので、これからどうしていいのか分からなくなって、ただただ降り続ける雪をぼうっと見続けていました。雪は、一向に降り止もうとしませんでした。二人は、何も言うことができず、黙り込んでしまいました。
「おじさんは、何をされていた方なんですか?」
 と少女が突然男に尋ねました。男はびっくりして少女のほうを向きました。少女はそのかわいらしい顔を男に向けていました。男は、思わず少女から目をそらして、つぶやきました。
「そんなことを聞いてくれる人は、本当に久しぶりだ……」
 少女にはもううっすらと分かっていたのですが、この男がなかなか恵まれない境遇を生きてきたのだろう、と感じ取りました。少女は、男の話をちゃんと聞いてあげようと思い、男が話すのを待っていました。男は、腕を組んだ中に顔を埋めて鼻をすすっているのでしたが、それが寒さのためなのかは分かりませんでした。それでも男が次に顔を上げたとき、男の目はうっすらと滲んで、微笑んだ顔になっていました。少女にはその顔が、素朴な、天使のような顔に見えました。男はゆっくりと自分のことを語り始めました。
「これでも会社に勤めていたんだ。地方から出てきて、四大を出た。俺はそれだけで図に乗っていたのかもしれないな。とりあえず、拾ってくれた会社に勤めたんだ……。とりたてて何にも考えていなかった。会社の中でもうだつがあがらなかった……。俺は営業をやっていたんだが、俺は……恥ずかしいことに、うまく、人としゃべれないんだ。それでも、俺は俺なりに考えてがんばっていたんだ。ある日、上司からお前にはもっと向いている仕事があるから、といわれて関連会社に出向させられたんだ。俺は確かに仕事ができなかったから、それを信じて転籍したんだ。俺は素直だったよ……。移った先の会社で、やっとそれが左遷だったと解ったのさ。給料もいつの間にか下がっていたし、会社の雰囲気も何かおかしかった。ちゃんと、俺がチェックしなかったから悪いんだ……。それに、そもそも移させられるほど、出来の悪かった俺がよくないんだ。移転先の上司からこっぴどくどやされたもんだ……。お前は人としゃべれねえのか、お前みたいなやつが物なんか売れるもんか、って。俺はそれからますます人としゃべるのが苦手になった。それでも、俺はがんばっていたんだ。そうしたら、親会社の都合で、俺のいた会社の人員が削減されることになったんだ。仕事のできなかった俺は真っ先にリストラされたのさ……。俺が、三十二のときだ」
 男は、一つのことを吐き出したかのように、ここでやっと息をつきました。少女には会社の仕組みなどは良くわかりませんでしたが、男の言っていることはよく分かりました。男のしゃべり方には癖があって、会社の中でうまく生出とか、人としゃべって話をまとめるだとか、そういうことには向かなさそうだったからです。ただし、それがすなわちその人が優れていない、ということを決めるものではありません。
「ご結婚は?」
 少女はそれを口に出してから、あるいは失礼なことを言ったかもしれない、と思いましたが、男がこれだけのことをしゃべってくれたのだからいいだろう、と自分の中で正当化しました。
「結婚できるように見えるかい?」
 男は恥ずかしそうに笑いました。
「モテるわけないじゃないか、俺なんか」
 少女はそれに何もいうことができませんでした。

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