2009/02/15

No Comment
 それはそれは寒い日のことでありました。雪が降っていて、あたりはもう暗くなってきていました。その晩は大晦日でありました。町にはたくさんの光と、たくさんの幸せそうな人たちの笑顔がきらめいていました。そんな大晦日の晩に、ひとりの年のいかない少女が、帽子もかぶらず、靴もはかないでマッチを売り歩いていました。
「マッチは要りませんか?」
「だんなさま、マッチは要りませんか?」
 だれひとりとしてマッチを買ってくれる人はいませんでした。それどころか、道を行きかう人々は、少女に見向きもしませんでした。どんなに身なりのよい、紳士のような人でも、彼女の姿を見るなり、足早に、まるで彼女を見なかったかのようにして通り過ぎてしまいました。
 貧しさが、憐れっぽさをまだ姿の上に残しているうちならば、誰かが買ってくれるか、あるいはお金を恵んでくれたのかもしれません。しかし、この雪の降る夜に、ぼろぼろの服を着て裸足でマッチを売る少女は、ただの●●●●にしか見えなかったのです。なぜ彼女が裸足なのかと言いますと、つまるところ少女の家には彼女の分の靴なぞないのでした。彼女はぼろぼろの服を着せられ、およそ外に行くためのものではないスリッパを履かされ、家にある売り物になりそうなもの、つまりマッチをありったけ持たされて、売ってくるように命じられたのでした。お母さまとお父さまには逆らえませんでした。「全部売れるまで帰ってくるんじゃないよ」とお母さまは少女に怒鳴りつけました。お父さまはどこから手に入れたのだかわからない強いお酒にひたっていて、ことあるごとに少女を殴るのでありました。だいたい、なぜ平成2X年大晦日、大都会東京の真ん中でマッチなのでしょう? でも、お母さまとお父さまがそういったからには、少女はそうするしかないのでありました。道すがら、スリッパは少女が車を避けた拍子に脱げてどこかへいってしまいました。こうして彼女は雪が降り積もる中裸足で、道行く人々の中の優しそうな人を見つけては、冷たさによって刺すように痛む足を我慢して、駆け寄っては声をかけるのでした。少女にも心得がありました。女性よりも男性を、そしてなるべく金持ち過ぎず、毎日の会社勤めに疲れ果てているような紳士を狙うほうが、自分のような少女が声をかけたとき思わず反応してしまうだろう、と。しかし、彼女の身なりは憐れを通り越していました。紳士たちは顔をしかめて立ち去ってしまうのでした。また、ある紳士は彼女のために立ち止まりましたが、妙ににやけた顔をしたと思ったら、次にはやけに低く小さい声になって、「それで、いくらなの」と返してきたので、少女はこわくなって逃げ去ったのでありました。少女はそれでもマッチを売るために、道行く人に声をかけ続けました。
「マッチは要りませんか?」
 少女が声をかけると、少女と同じくらいぼろぼろの服を着た、痩せ型の男が立ち止まりました。男はしばらく少女の手の中にあるマッチの束を見つめたかと思うと、今度は少女をじろじろと見ました。見た目も良くなく、あまり感じのよくない男でした。少女は少し嫌な感じがしましたが、それでもたえて微笑み、もう一度、いかがですか、と声をかけました。
「それ、いくらだい」と男はいいました。
「一束、100円です」
 男はため息をつきました。男のため息は雪の降る夜の中に、白く消えてゆきました。
「買えない。俺には買えない」
 男は残念そうな顔をして、立ち去ろうとしました。けれども、こんなに足を止めて取り合ってくれたお客さんは初めてでした。あまり感じのよくない人ですが、マッチをほしがってくれているには違いありません。少女は行こうとする男を追いかけました。
「でも、おじさん、買ってください! お願いします、お願いします!」
 少女は男を引き止めていいました。少女は必死でした。たった一つでも売れずに家に帰ったら、お母さまにしかられた後、お父さまに殴られるに決まっていたからです。少女があまりにも男を見つめてマッチを買うように願うので、男はポケットから小銭を取り出して、見せました。
「お嬢ちゃん、俺はな、今これしか持っていないんだ。二百円。それでもな、大切な二百円なんだ。ごめんな」
 けれども、少女は男にくっついて離れませんでした。少女の小さな手は、寒さのために白く、冷え切っていました。少女は、もう叫びそうな声でお願いします、と言い続けました。
 困ってしまった男は、少し考えてから少女に言い始めました。
「お嬢ちゃん、実はね、俺はそのマッチがほしくないわけじゃないんだ。でもね、このお金は、いざって時にしか使えないんだよ。だからね、お嬢ちゃんの仕事を手伝ってあげよう。どうせ、こんなところでマッチなんか売っていても、売れないことだろう。俺はね、これでも昔セールスマンをやっていたんだ。街頭で呼び込みのバイトだってやっていたから、声もでかいぞ。おじちゃんとお嬢ちゃんの二人でやったら、一つも売れないところが、売れるようになるかもしれない。そうしたら、おじちゃんにそのマッチ束一つと、売り上げのほんの少し、一割でいいから、くれないか」
 少女には、男のさっきまでのどんよりとした顔が、すこし明るくなったように見えました。少女は男の提案に少々びっくりしましたが、男の笑った、しかし真剣な表情を見ていると、不思議とこの人は信用の置けない人ではない、と感じました。

0 comment :

コメントを投稿

 
Toggle Footer