2008/12/19

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一週間前。12月12日金曜日。徹夜明け。家をでる。このような日に限って自転車の鍵が見当たらない。相当苛ついていて怒鳴り散らしてしまう。大学に向かう途中からひどい気持ちと後悔がこみあがる。こんなにひどい文章を提出するのは気が滅入った。PCルームにて「成果」を印刷する。もう文の中身は見たくないので、ページがそろっているかどうかだけを確認して「文具のサンワ」に製本を依頼に行く。やはり、このときには「安心」でため息をついてしまう。当日製本で3時に卒論製本が仕上がる。「文具のサンワ」からはみんな同じ色をしたハードカバーの論文を小脇に抱えて出てくる。なるほど、と思った。卒論とはこれなんだ。僕の提出したぺらぺらの紙片の上に黒いインクで乗っかった貧弱な論旨は、頑丈な厚紙に守られて、寒々とした空気と寒々とした人の目から守られていた。論文の受理の条件が製本であることの理由がわかった。

卒論提出会場。受付をしているのはどうやら大学院生のアルバイトらしき人たちだった。用紙に少し記入して、卒論を提出。事務的に必要な事項が書いてあるかを確認し、あっさりと受理される。

疲れていたのですぐに帰ることにする。あの、あっさりと受理されたシーンが頭の中に繰り返されていた。僕は、「文具のサンワ」で出来上がったものを提出したのだ。僕の4年間を報告したわけではなかった。「卒論とは、卒論のかたちをしたものである」、ということばを思いついた。それは頭の中でどんどんと格言であるように思われてきた。僕はそれで自分を慰めていた。暗く笑いながら、早稲田通りを歩いて帰った。

一週間が経った。あの卒論を提出したことによる大変な自己嫌悪からはまあ回復しつつある。ただ、回復には犠牲を伴っている。とにかく一人になりたかった。友人にいくつか遊びに誘われているのを断って、一人であの悔しさをクリエイティヴィティに転嫁しようとしている。文章が書きたい。演劇も卒論終わってからすでに三つ見ている。今日も含めて週末までにもう三つ、来週も三つ観る予定だ。こんな贅沢ができるときもしばらくないだろう。徹底的に文化で心を満たそうと思う。なんというか、これで卒論を書いているときがいかに心の中に文化がなかったか、乾ききっていたかが分かってしまった......。

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