2008/11/27

山手線に乗っていて、新宿にある平和祈念展示資料館の広告を何気なく見ていた。水木しげるの漫画による広告である。戦争の時代を語り継ぐことを目的としたこの施設では、普通の博物館などと同じようにしてジオラマなどを使ってシベリア抑留の様子や、保存されている本物の赤紙などが見られたりする。平和学習の一環として僕も中学生だか高校生の時だかに学校の引率によってここに来たことがある。

もう10年の後には、日本で戦争を実際に体験した人の数は劇的にすくなくなる。実際に戦争体験を口から語ることのできる人はほとんどいなくなってしまうだろう。そのかわりに物心ついたころからインターネットが当たり前のようにあり、パソコンを普通の文房具のように使いこなす「デジタルネイティブ」世代が台頭してきていることだろう。

僕としては「平和の大切さ」を尊重したい。一人ひとりが戦争というものの悲惨さを頭のどこかに置いておくべきだ、とも思う。だからこそあえて正直な感想を、語弊があることを覚悟で言うならば、平和祈念展示資料館などを通した平和学習は「ダサい」。そのダサさゆえに、学習者には受け入れられなくなってしまうのではないか、という危惧が僕にはある。

僕は現在大学生だが、僕の世代でさえ、この直感には同感する人間が多いのではないか? 現に、僕が学校の引率で友人達とこうした施設に行った時も、学校にのちにレポートを提出しなければならない以上、建前としては戦時中の労苦に「感心」していたが、本当のところは頭では分かっていても自分達にとって余りにリアリティのない世界を見せられて受け入れられないというのが現実だった。そして、格好が悪かった。ボタンを押すとぎこちなく動き出すジオラマをみて何を思うだろうか? それは平和への思いではなくて「ぎこちなさ」自体だった。新宿の平和祈念展示資料館とは別の施設だったが(名前は忘れてしまった)、なにか戦争の悲惨さを学習させる目的で子供向きに作られたアニメ映画を見せられたときなどは、その「ダサさ」に皆が閉口していて(いやむしろ笑ってしまっていて)、真面目にその後課されていたレポートに取り組めなかった。登場するキャラクターのせりふがあまりにもくさかったのである。そして、アニメの画像の自体のクオリティも低かった。出征に行く青年を見送るシーンで人々が「バンザーイ! バンザーイ!」と言いながら万歳をしているのが、みな一様の動きで、全員ロボットみたいに同時に手を上げ下げしていたことが僕達の中での笑い話だった。

頭では「平和が大切だ」とか、「そのことを学習しにきているのだ」と分かっていても、実際に目が行ってしまうのはこうした「ダサさ」なのである。僕達の世代でさえこの様なのだから、これよりも若くて「目の肥えた」世代に「平和学習」が受け入れられるだろうか?

問題点は、「学習」という観点から見ると、こうした施設には「学習者側から見たユーザビリティ」の考え方がまだ薄いことにある。こうした施設の目的は戦争を知らない人にとっての「平和学習」のみではない。現に戦争を体験した方々の経験と記憶をカタチにして残すことによって、彼らの労苦を無駄にしない、という公としての意思表明という意味がある。現在のこうした「平和関連施設」は、後者の意味あいが勝っていて、「学習するための教材」としてのユーザビリティがかけているように思うのである。

サイトウ・アキヒロ『ゲームニクスとは何か』を読んでから、学習とエンターテインメントとか、ユーザビリティとかの問題を念頭においてものを考えることが多くなったのだけれど、平和学習にもこのアイデアを応用できないだろうか? たとえば、端的には「平和学習」の教材をゲームにすることなどが思いつく。ゲームの技術自体は非常に高まってきているのだから、「平和学習」をテーマにして「モンハン」とか「メタルギアソリッド」くらい面白いゲームが作れないだろうか? これが成功するかどうかの鍵は「押し付けがましいものになってしまうかどうか」だろう。押し付けがましく「戦争は良くないですよ」というメッセージを発するようなゲームだったら、絶対に成功しないだろう。そうだ、「平和」がダサかったのは、それが余りに押し付けがましかったからだ。Googleが支持を得ている理由の一つは、押し付けがましくないことだ。「デジタルネイティブ」世代にもう押し付けがましい「平和学習」はもはや通用しないだろう。

平和学習も、時代につれて変化するべきなのである。いや、「平和」を「学習」するということは他の何より「世代」によって左右されることだ。「平和」は「数学」のように世代によってあまり動きのない学習対象ではない。「戦争」は時が流れるにつれてどんどんと色があせていく動的な学習対象だ。とするならば、「戦争を学習する」ためには、なおさら「世代」に特化した効果的な方法論を求めていくことが重要だと言えるだろう。

※デジタルネイティブという言葉は、最近のNHKスペシャルで知った。とはいえ、予告編だけで聞きかじった言葉なのだが。詳しくは、以下の番組の予告編(動画)で。
http://www.nhk.or.jp/digitalnative/swf/trailer.html
芝居をやっていたのでみられなかった。残念。

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