2008/11/21

No Comment
僕のブログはまだあまり知られていないので、全く知らない人からコメントがついたりすると小躍りしてしまう。哲学とかメディア論とかのネタを云々しているうちはやはりこのブログに来てくれる人も少ないけれど、EtherPadという「旬の」サービスを取り上げたとたんに、全く知り合いではない人からコメントをいただいた。やっぱりすごいんだなあ、ウェブは。

と言うわけで、早速コメントをいただいた人のブログを拝見。
http://yutakarlson.blogspot.com/2008/11/etherpad.html

コメントをいただいたYamadaさんは、EtherPadが社会的イノベーションとなりうるか、という観点で考えておられます。EtherPadでコミュニケーションをすることによって、誰がどのような発言をするかなどのログが残るため、無責任な発言がなくなり、人事考査にも役立てられるだろうというアイデアを表明されています。

ここまでくると、EtherPadという一つのサービスが、人のコミュニケーションのあり様までに影響を与えることになり、サービスが一つの「思想」を持った、といっていいことになる。人の判断基準にいちウェブサービスが影響を与えるのだから。

Yamadaさんの文を読んで感じたのはまさにそういうことで、サービス、あるいは技術というものが(意図しなくても)発している「思想」というものだ。Googleのサービスには確実に多くから支持されている情報が良い情報である、という思想がある。Pagerankという技術がそうさせており、この技術は(意図していようと意図していまいと)「思想」を発信してきた。そしてこの思想は時代を突き動かしてきた。EtherPadにも、コミュニケーションをつかさどる思想があるのかもしれない。そして、それは人のコミュニケーションのあり方をもかえていくかもしれない。EtherPadはYamadaさんのおっしゃるとおり、誰がどういう人間であるか、という判断に影響を与える可能性があるメディアだからだ。しかし、EtherPadがコミュニケーションのあり様を変えていくかどうかには、僕はまだ疑問をもっている。その理由は、まだEtherPadが純粋なる「技術」であり、それはまるで金属のような冷たさであり、「人間味」にかけるからである。

Web2.0のサービスが社会的に影響を与えるまでの大きな存在になるか、イノベーションを起こすまでの存在になるかどうか、それとも「すごい技術だね、へ~」の域を出ないかどうかの分かれ目は、人間味を持ち合わせているかどうかだと思う。GoogleもAmazonもUIが優れていたり、エイプリルフールネタをやってみたり、オススメを紹介してくれたりととても人間志向である。EtherPadには、まだまだヒューマンなところが少なく、冷たい印象を受けた。EtherPadと共に使うことが見込まれるスカイプがもう少し進化して、会話のタイムラグなどが改善されないと、円滑なコミュニケーションには支障があるだろう。またEtherPad自体もまだ改善の余地がある。例えばあえて誰がどの部分を編集しているのか分からないようにしたい場合もあるだろうし、すべてログが残ってしまうのがまずい場合だってあるだろう。その辺の「人間的な」事情にまだ対応していない。UIもまだまだ洗練されていない。「知識社会」だからこそ、人間的な暖かさや、ファジーささえが最新テクノロジーには求められるのではないだろうか。

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