2008/10/17

2 comment
卒業論文と同時に劇団の方もこなし、非常に忙しい。しかし、忙しい忙しいと愚痴を言っていられるときが実は幸せなのだろう、今までからして考えて。

さて、卒業論文をシモーヌ・ド・ボーヴォワールで書く事をいい加減に決め、劇の稽古をやっている時間以外は大概、論文のネタを練っている。そんな中で、おもろいことはブログでシェアしたいなと思っている。

さて、ボーヴォワールをご存知だろうか。一応高校の「倫理」にも出てきたはずの人物で、有名なのはフェミニズムの元祖、バイブルとして知られる『第二の性』である。また、「サルトルの伴侶」としても知られている。ボーヴォワールとサルトルは恋愛関係にあり、彼女は生涯サルトルに連れ添ったが、お互いの取り決めにより結婚することはなく、結局最期までも看取った。サルトルは一般的にボーヴォワールよりも有名で、フランス実存主義哲学の巨人である。「実存主義はヒューマニズムである」とか言っちゃってかっこいい、メガネのおじさんです。

というあたりまでがまあ一般的に有名なサルトル・ボーヴォワール談なのですが、ボーヴォワールを研究していて余りにサルトルがチャラいことに憤慨してきたので、このブログで紹介してみたい。このブログは厳密にアカデミックなものではないので、気楽に読んでいただければと思う。

第一弾。

以下は23歳のサルトルをボーヴォワールが書いたものである。

サルトルは一夫一婦制度向きではなく、女性たち――男性ほど滑稽(コミック)ではない――といっしょにいるのが大好きだったのである。二十三歳の彼は、さまざまな女の魅力をあきらめるつもりは全然なく、十八番の言葉で私にこう説明した。

《僕たちの恋は必然的なものだ。だが、偶然の恋も知る必要があるよ》


     ボーヴォワール『女ざかり・上』紀伊国屋書店、1963、p19

知の巨人、サルトル。ノーベル文学賞を辞退なんかしちゃってなんだかかっこいい、サルトルのお言葉です……。

第二弾。

ボーヴォワールとサルトルは相変わらず付き合っていた。ボーヴォワールに宛てて、サルトルは哲学科の女学生マルティーヌ・ブールダンを手篭めにした、と手紙を書く。「最後の一線は越えない」と約束していたのにもかかわらずであった。ブールダンはサルトルと真剣に恋愛をしていると思っていた。後にブールダンについてサルトルは

「私はあなたを愛したことはない。肉体的には、少々下品ながらも魅力的だと思ったが、まさにその下品さに、私のサディスティックな傾向に訴えるものがあったというだけのことだ」

彼女の知性面についてもサルトルは

「そのうえしかも私は、あなたの勿体ぶった無駄話、哲学的たわごとを聞いてやらなければならなかったのだ」

こうした手紙を受けとったあと、ボーヴォワール自身も若い男、ジャック=ローラン・ボストを誘惑してベッドインした……。

     参照:トリル・モイ『ボーヴォワール―女性知識人の誕生』平凡社、2003、第五章

もう一度になるが、サルトルは一度はフランス思想界に君臨した巨人である。

本当に第二弾のお話などはいろいろと泣きたくなる話だ。フェミニズム、という文脈で感情的になってしまう理由が少し分かるような気がした。よりによってこんな男が運命の男だったとは……。卒論ではあくまでニュートラルな立場からフェミニズムを考察していくつもりだが。

まあ、教科書に書いてあるだけではいかに知識が足りないか、ということくらいはどんな人にも共通して教訓になるでしょう。そして、いろいろと他の教訓もここからは得られるでしょう、男性諸君……。

2 comment :

  1. タイトルが秀逸すぎて笑ってしまいました。ボーヴォワールも対抗しているところが好きです。
    とくに、「私はあなたを~」の件は、全文丸暗記の必要性大ですね。『サルトルから学ぶ恋テク』とか出版できそうです(笑)。

    返信削除
  2. 時代遅れだ。どっちも

    返信削除

 
Toggle Footer