2008/07/24

越境の高校生ゼミと合同シンポジウムの企画で新しいメンバーを募集するのに、Kが「相当経験値つきますよ!」という表現を使った。

一応今のでまったく意味不明だ、という人のために説明を加えておくと、経験値というのはドラクエなどのRPGでよく使われている概念で、「ある経験からどれくらい勉強になったか」を数値化したものである。主に、敵との戦闘に勝ったときに経験値を得ることができる。たとえば、弱い敵を倒すのは簡単だから、たとえ倒したとしても「そんなに勉強にはならなかった」として多くの経験値はもらえない。敵が強ければ強いほど、それを倒すことができたならば「すごい経験」をしたということになるので、経験値は多く得られる。こうして経験値をためるとゲーム内では成長していくことができる。

つまり、越境の企画メンバーになることは、相応の難しいこともあり、やりがいがあって、、「すごい経験」ができて、成長できる、ということだ。これはまったくその通りである。僕自身も越境の企画メンバーをつとめて、沢山の経験値を得て、成長できている。

しかし、仕事をやっていて得られるもので経験値よりも重要なものがあると最近ひしひしと感じる。名づけるならば「信任値」だ。

経験値は、あくまで「自分の」成長に関係するパラメータである。
それに対して、信任値はいわばあるコミュニティの中で、ハイレベルな仕事を任されるために必要なポイントである。だから、信任値は「自分」よりも「コミュニティ」に関係がある。
まとめると、経験値は他者に関係なく「自分」が持っているもの、信任値は自分がある「コミュニティ」に対して持っているものといえる。

■信任値の特徴
1.より多くの経験値を得るチャンスを得るために必要。
信任があればもっと大きな役割を任せてもらえる。大きな役割を果たせば沢山の経験値を得られるようになる。この意味で、信任値は経験値よりも重要である。

2.原則として、信任値はコミュニティごとでリセットされる。
自分のことを出して恐縮だが、例として僕をとって解説する。僕は越境というコミュニティの中ではリーダーを任されるくらいの信任値をもっているといえる。ただし、このコミュニティを抜けて、新しく会社に入ったら、今までの信任値はリセットになってしまう。新しいコミュニティの中では今までのコミュニティで通用していた信任値は通用せず、一から積み上げ直しになる。なぜかというと、信任値は「コミュニティ」に依存するパラメータだからだ。これは将来転職を考えるとするならば、考える必要のあることだろう。ただし、あるコミュニティで成果を挙げて、一段階レベルの上のコミュニティにまで名をとどろかすような信任値の上げ方をした場合は、信任値はある程度保存される。たとえば、僕が「越境」というコミュニティで大成功してその名前が「早稲田大学」にとどろくようになったらば、僕は「早稲田大学」というレベルのコミュニティでも、「越境」で培った信任値をある程度利用することができるだろう。

3.信任を裏切れば、減る。
信任値は、自分が「コミュニティ」に対して持っているともいえるが、「コミュニティ」から与えてもらっているものだともいえる。なので、信任値は、それ相応の仕事ができなければ減っていく。あるいはコミュニティの期待に著しく背く行為があった場合は一気に飛んでしまうこともあるだろうし、マイナスになることもあり得る。2と同じように、ひとつ上のレベルのコミュニティにまで名が及んでいる場合、そちらでの信任も飛んでしまうことも、マイナスになることもある。

■信任値の貯め方
信任値のため方の王道は二つだ。しかも、この二つは密接にかかわっている。

1.仕事をこなす
とにかく仕事をして、成果を挙げることだ。この意味では、信任値は経験値と似ている。仕事をして成果を挙げると自分の経験値が上がるだけでなく、コミュニティのなかでの信任値も上がる。「この人ならばこの仕事をこなせる」という認識がコミュニティの中で共有されるからである。これが「この人にならばちょっとあの仕事も任せてみよう」につながっていく。

2.年功序列
年齢や、そのコミュニティにいるキャリア暦は単純に信任に影響を及ぼす。年功による信任値が低いと、いわゆる「○○するには??年早いわッ!」ということになる。「100年早いわッ」だととても待っている暇はないが、人によって待てる期間は違えど、少なくとも1年くらいなら待てるだろう。
年齢が高いことや、そのコミュニティにいる期間が長いということは、単純に「貫禄」というもので信任値を上げてくれる要因なのだ。仕事をきちんとこなしながら待っていれば、年数という数字が自分にくっついてきたときに信任値は飛躍的に高まるだろう。

ちなみに、企業の人事の世界では、各所で年功序列を「悪」として非難する声が一昔上がったことがある。その処方箋として「成果主義制」がもてはやされたり、ごく近年は逆にその弊害が各所でたたかれたりと、この二つについての世間の評判は近年まったく混乱を極めている。要するに、年功序列制と成果主義制をまったくの二分法のように認識することは誤りであり、そのいずれにもマイナス点があることは当たり前であることを認識しながら、コミュニティの中に組み込んでいくことが大切なのである。ここで王道としてあげた二点「仕事をこなす」「年功序列」は密接にかかわっている。本来的に、「仕事をこなしながら、キャリア暦も積んだ人」に信任値がたくさんつくのは当たり前なのだ。

■信任値の減らし方
もはや書くべくもない。

結論を言うと、信任値のため方としては結局仕事をすること、続けていくことなのだから、大方として経験値をためる方法と同じである。であるが、信任値という考え方を身に着けて仕事をすれば、少しは日々の仕事への姿勢も変わるだろう。

さて、前回のエントリーで天性のリーダー肌の人間と、僕のようなそうでない人間の話をした。天性のリーダー肌の人間には、もはや安っぽくなってしまった言い方をすれば、「カリスマ」があるのだ。カリスマ型リーダーは、そうでない人間からみると「そのままでいても」指導力と引力があるように見える。しかし、大方の人間は、カリスマなどない。僕もそのようなカリスマ型の人間ではない。カリスマ型でない人間がリーダーをやる場合には、特に信任という考え方が必要になってくると思う。特に、非カリスマ型のリーダー像が求められているコミュニティでは、信任というものはカリスマよりも必要なものなのだ。

P.S.
この文を書いている途中に、自ら信任値を下げるような状況に自分を陥れてしまった。リーダーとしてこなすべき仕事の現場から一時的に離れなくてはならなくなったのだ。外的な要因からそうせざるを得なかったとは言え、すべて自分に起こることは、最終的に自分が責任を負わなければならない。反省し、自戒の意味をこめて、このエントリーをアップします。

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