2008/07/17

越境で高校生ゼミの企画を動かしていてひしひしと感じるのが、「僕が」この企画を動かしているといるのだというプレッシャーであり、充実感だ。僕はこの企画の言いだしっぺであり、リーダーである。僕が言い出したことによって、沢山の、とまでは言わないものの、結構な数の人間を巻き込んでいるのだ。

僕は性格的にいわゆる血気盛んな起業家タイプではない。むしろ、文学だとか哲学だとかが好きな、考えるのが好きな学者タイプの人間である。高校生ゼミをやりたいと言い出したのは、そんな「考え」の中で生まれた理想を、恵まれたチャンスを使って少しでも現実の形として表現できないかと思ったからだ。そのままにしてはもったいない素晴らしい人材に恵まれていたこと、その上に立つチャンスがあったことなどの幸運に恵まれていたことが非常に大きな後押しになった。最初は決して、自分の中に煮えたぎる血があって、それから何かをしようと考えたわけではなかった。

話は変わるが、就職活動を通して、僕が見たのは人材業界であったということもあり、結構な数のベンチャー企業を見てきた。人材業界というところは、規制緩和の流れで新規参入のハードルが下がり、群雄割拠になり、ベンチャーも当然多いのである。ベンチャーの創業者社長には、血が煮えたぎっている人が多い。まずもって、顔色からして違うのだ(こういう人は、顔がいつでも赤い。僕は....。血流の問題なのか?)。

「会社の口座が二ケタになっちゃた時はさすがに終わりかと思ったぜ!」

とある会社の社長は豪語して笑っていた。

「俺は、バカだ! バカだから、やってこれたんだ!」

こういう社長を目にして、目がきらめく学生はついていっていいと思うのだが、僕はむしろゾッとしてしまう(むしろなぜ僕が人材という業界を選んだのかは、また別の機会に)。

血気盛んで会社を作ってしまうような人には、天性の「リーダー」タイプが多い。仕切るのが好きであったり、強力な「やりたいこと」で引力を発生させて回りを巻き込む力を持っている人である。ざっくり言うと親分肌とでも言うのかもしれない。僕は「やりたいこと」で引力を発生させこそすれ、血が沸き立っている人間ではないことは僕を知っている人には周知のとおりだ。

今まで「学者」タイプを貫き、むしろ個人プレーのほうで力を発揮してきた僕からすると、今こうして企画の指揮を執り、人に仕事を振っているということ自体が、毎日毎日新しい境地なのである。もっと言えば、自分が言い出したことから生まれた仕事を他人にやらせ、しかも人がきちんと動いて事をこなしてくれるとき、言われもない感動と責任、プレッシャーを感じるのだ。

リーダーであるということは、人を巻き込んでいるという事なのだ。僕は人を巻き込んでいる。僕は天性のリーダーではないだけに、この単純な事実のすごさに敏感にならざるを得ない。

次回は、このブログにしては随分ハウツー的なリーダー論を書きます。つづく。

1 comment :

  1. 銀行口座が増えて困る理由が分からない僕は子供ですね。管理は大変だけど。

    期待。

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