2008/05/24

合宿を明日に控えて、(今はもう日付が変わっているけれど...早く寝なくては)まったくこういうときは一番何かが起こるのではないかとはらはらしてしまうものだ。それにしても今日はまた展開があった。

本日また最終面接を受けてきた。内容は役員の方々の前でプレゼンテーションをするというものだ。面接と言うよりもまさにプレゼン勝負である。自信は正直に言ってあった。これでも越境で3年とちょっと、ゼロベースで物を考えること、それを伝えるためにプレゼンという技術を使うことを学んできているのだ。これで落ちるようならば越境の名がすたる。

規定のプレゼン時間をややオーバーしてしまうという失態はやったものの、役員の皆様には良い印象だったと思う。かねてから用意していた疑問点や質問にも答えてくださった。いい感じになって最後、面接室を出ることが出来た。受かったと思うことが出来た。

早稲田に戻って、合宿関係のメールに目を通す。

その後、渡辺源四郎商店の『ショウジさんの息子』を観に小竹向原へ。演劇だからこその感動がある、良い劇だと思った。僕はかねてから既存の「物語」の構造に疑問を呈示していくような演劇を好んで評論してきたけれど、それに対して言うならば『ショウジさんの息子』は非常に物語の構造がはっきり見える劇であった。僕は構造だけで作られた「物語」や、あるいは記号的反応を要求するお涙頂戴ストーリーには懐疑的だったから、この劇を評論しなかったかもしれない。ストーリーは一本筋が通っていて、伏線の張り方や泣かせどころのトポスがしっかりと見えるものであった。お客さんの中には泣いている人もいた。へそが40度曲がっている僕はやっぱり俳優の名演に泣きそうになるが、泣かない。しかし、ある種の感動をしてこうして文を書かせるのは、ある種のメタストーリーと、俳優が目の前にいるからこその切実さがあるからだ。

主演俳優の宮越昭治氏がすばらしい。演技がすごいというのでは全てをあらわせなく、その存在が演劇になっているということがすばらしい。御歳80歳であるという。76歳のときに、「大型新人」であったという。元気に舞台を踏む彼と、劇中で彼に訪れる事件がどうしてもリンクするように思われて、どうしようもやるせなくなる。宮越氏は本当に元気で気さくな人らしく、そんな彼が、当日パンフにあるように「いつまでも続けばいいのに」と私も思った。

メタストーリーというのは、宮越氏の名前とこの劇の名前が同じであるところからも意識されているものである。

ハイバイの『おねがい放課後』もそうだったけれど、結構「老い」というテーマは、深い。あまり気にしてこなかったけれど、一回真剣に考察して文を書きたくなった。

そうして感動してわが町に帰ると、駐輪場から自転車が消えていた。鍵はかけていた。

前にもこの駐輪場では夜間灯を盗まれたのだ。新しくかって付け直した矢先にこれだ。

憮然として歩いて家に帰る。かの会社から電話があったという。気づいたら携帯のほうにも着信があった(正しい演劇の鑑賞者はバイブの音もならないようにします)。

内定をいただいた。留守電に入っていた。

うん。これは正直に喜ぼう。やれやれ。ことが今日は早かった。自転車を買わなくては。

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